河田聡のホームページ


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1951年、大阪府池田市生まれ。大阪教育大学附属高校池田校舎卒。大阪大学応用物理学科卒、同大学院博士課程修了。工学博士。

現在、阪大特別教授、理研チームリーダー、(社)応用物理学会会長、ナノフォトン(株)会長、など。

2002-2012 理研主任研究員、2007-08 (社)日本分光学会会長、2000-2009年、Optics Communications (Amsterdam) 編集長、など

江崎玲於奈賞(2011)、日本分光学会学術賞(2008)、紫綬褒章(2007)、文部科学大臣表彰(2005)、島津賞(2003)、市村学術賞(1998)、ダビンチ優秀賞(1997, France)、日本IBM科学賞(1996)、など受賞。

レーザー顕微鏡の製造会社ナノフォトン(株)を創業。「阪大フロンティア研究機構」の初代機構長。平成洪庵の会世話人。科学者維新塾お茶の水中之島)塾長、など。

「Nature」、「Science」などに論文発表。成果は「ギネスブック」、アメリカの中学2年の数学の教科書などに掲載される。著書編著は27冊。2008年に「一家に1枚光マップ」文部科学省・科学技術週間)を作成。

研究分野は、分光学・光学、ナノテクノロジー・ナノサイエンス、バイオフォトニクス。特に、近接場分光学・ナノフォトニクス、プラズモニクス、3次元2光子光加工。かつては信号回復論、近赤外分光、共焦点顕微鏡、光記録、放射圧制御など。


阪大でこれまで、応用光学、光エレクトロニクス、科学計測学、計測制御工学、ナノ光計測学、科学社会論などの講義。2011年まで学習院大学物理学科で10年、非常勤講師。三鷹第4小学校、荒川第3中学校、川越高校、長岡高校、丸亀高校、観音寺一高、松山西中等学校などでも授業。教科書は「超解像の光学」「近赤外分光法」「科学計測のためのデータ処理入門」「Near FIeld Optics and Surface Plasmon Polariton」「論文・プレゼンの科学」など。

出没場所
毎週火曜日の10:30amからの阪大フォトニクスセンターのTMT(Tuesday Morning Tea)に現れます。場所はフォトニクスセンター1階ギャラリー(P3-105)。その他は、毎月土曜の午後に開かれる、お茶の水の科新塾と中之島の科新塾、にも参加。阪大・理研での面談は、office.kawata@gmail.comにご連絡下さい。

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講演会情報

日付講演会講演場所・講演時間
2014年10月13日 オプトロニクス/フォトニクスクラスター来日にあたっての講演会 リーガロイヤルホテル 18:00~19:00 
2014年10月9日 PIERS Photonics Asia Beijing International Convention Center Beijing, China 
2014年9月18日 第75回応用物理学会秋季講演会 北海道大学 
2014年9月9日 TERS 4 Rio de Janeiro, Brazil・14:30-15:15 
2014年8月25日 PIERS 2014 Guangzhou (Canton), CHINA 
2014年8月17日 SPIE Optics+Photonics "Nanoimaging and Nanospectroscopy Ⅱ" San Diego Convention Center 
2014年7月22日 IFSC OSA Student Chapter's Meeting Institute of Physics of São Carlos, São Paulo, Brazil 
2014年7月16日 CRDSナノテク・材料ユニット 俯瞰WS全体構想会議 JST東京本部「別館」2F会議室A 
2014年5月28日 京都光技術研究会「光ものづくりセミナー」 京都府産業支援センター   13:00-17:00 
2014年5月20日 META '14 Nanyang Technological University, Singapore 
2014年4月13日 Focus on Microscopy 2014 (FOM) University of Sydney, Australia 
2014年4月12日 第4期科学者維新塾御茶ノ水 第1回講義 日本大学理工学部 駿河台校舎 524会議室 
2014年4月5日 第6期科学者維新塾中之島 第1回講義 大阪大学中之島センター 406 
2014年3月26日 Frontiers of Plasmonics (FOP3) Xiamen University, China 
2014年3月17日 第61回応用物理学会春季講演会 青山学院淵野辺キャンパス 
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今月のメッセージ

月日タイトル
2014年05月 大阪大空襲 
2014年04月 The Power of Silence 
2014年03月 船長が責任感のある人だったら 
2014年02月 鍵泥棒のメソッド 
2014年01月 自助論 
2013年12月 5千万円の行方 
2013年11月 論文の9割は再現できないという現実 
2013年10月  不正行為と芝エビ 
2013年09月 グローバル化とキャリア教育 
2013年08月 マイナンバー 
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今月のメッセージ

大阪大空襲

母の四十九日、満中陰が終わりました。

死去前日にも元気に話をしていたので、検査の数値は悪いもののあと数ヶ月は生きてくれるように勝手に思い込んでいました。その明け方に病院に泊まっていた私は、少し落ち着いてきた様子の母の前でうつらうつらしていました。でも正確には、母は落ち着いてきたのではなく呼吸が止まりつつあったのです。発病してからわずか4ヶ月でした。30年前に若くして他界した父と同じ斎場ですべてを終えました、享年85歳。日本の女性の平均寿命です。つい先日までは、言うことはかなりぼけてはいたものの、身体は元気でした。私より長生きしたらどうしようと、心配していたほどでした(多分お互い)。連休中のことでしたので、私も長い時間を一緒に過ごすことができ、親不孝の痛みをほんの少しだけ和らげることができました。そして、この4ヶ月の不安な生活からのストレスの解放と、延命をしないと決めたもののそれでも苦しみから十分には解放してあげることができなかったことのやるせなさ、そしてこれから始まる後片付けへの憂鬱、などなど複雑な思いがまとめて一緒に訪れました。

様々なことが思い出されます。なぜかふと思い出したのは、私に(そして孫たちにも)何度も繰り返し語ってくれた大阪大空襲の日の話でした。当時は豊中高等女学校の生徒でした。戦争が激しくなると授業はなくなり、女子生徒たちも毎日工場に行って働いたそうです。いわゆる学徒動員です。決戦教育要領が閣議決定されて授業が完全に停止され、中学校以上の生徒や学生は軍需産業や食料生産に動員されました。男子の年長は学徒出陣しました。母たちは西淀川にある江崎グリコの工場で働いたそうです。その当時から江崎グリコはグリコとビスコを作っていたのです。

その日、大阪の町はB29の空襲により焼け尽くされて、母は城東線(今の大阪環状線)の高架を疎開先の生駒まで夜中に歩いて帰ったそうです。WIKIPEDIAによれば、米軍が大阪を空襲したのは5ヶ月の間に計8回。最後の爆撃は広島、長崎への原爆投下よりも後の8月14日だったようです。母が話していたのは、おそらく1945年3月13日の最初の爆撃だったかと思いますが、時間帯がちょっと合いません。米軍の照準点は都心部を取り囲む住宅密集地で、一般家屋を狙いました。3時間半に亘る爆撃で4,700人の死者・行方不明者が出たそうです。奈良県亀岡盆地側では、火炎が山の向こうに夕焼けのように見えた」と書かれているので、母が「大阪の町が燃えていた」と言っていたのは生駒に無事帰ってからの話かもしれません。母の父(私の祖父)は豊中の自宅から出勤していたようで、母たちだけが疎開していたようです。米軍の住民に対する無差別攻撃(殺人)に対する怒りはなく、まるで天災のように感じていたのでしょうか。こんなちょっとしたことすら、もう尋ねることはできなくなってしまいました。

憲法9条の拡大解釈や集団自衛権に関する政治家やマスコミの発言が賑やかです。戦争はいけないとか二度と過ちは繰り返さないといった観念的な議論だけではなく、前の戦争では誰が誰をどうやって殺したのかという生々しい事実の話が政治家やマスコミから聞こえてこないのが残念です。観念論だけではこの世界からは争いはなくなりません。面識すらない他国の人を大量に殺す人たち、それを命じる人たちが現実にいます。その現実に向き合わなければ、平和主義は無責任な空論にしかならないだろうと思います。私達の国で実際に起きた住宅地への空襲そして原爆投下に対して、私達は学び直すべきだろうと思います。いま世界中で繰り返し起こっている戦争やテロ制圧という弱者に対する強者による無差別殺人に対する対応は、自分の周りで起きた現実を実感することから初めて見つかるように思います。母の片付けをするうちに、世の中で起きている騒ぎがなぜか母の体験談と結びついてしまいました。

母の病気、死去、そしてその後の後片付けで、仕事を休むことが多く、多くの人に迷惑を掛けてしまいました。このホームページの連載も滞りました。秋になるまでしばらくこのペースです。母が生きているうちに、それができれば良かったとも思います。

合掌。

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