2003年2月のメッセージ

Ubiquitous(ユビキタス)

社会の激変に伴って、新しい言葉が次々生まれています。私が面食らったのは「ユビキタス」という言葉です。広辞苑や理化学事典はもちろんイミダスにもまだ載っておらず、意味がわからず困りました。このような新語は最近次々と欧米で生まれ、日本ではカタカナで使われます。国語審議会や国立国語教育研究所などの専門家は、これを漢字(日本語)に訳したいようです。たとえば、informed consentは「納得診療」と訳するそうです。しかしInformed consentは「説明に基づく同意」であって、納得「診療」という訳は妙な気がします。漢字だからといっても、中国では通じません。アルファベットの英語がわからないから漢字を使って和製中国語を作ったのにすぎないように思います。もしローマ字を否定して日本語を使うべきだと思うなら、中国字の漢字ではなくカタカナを使うしかない。「インフォームドコンセント」がれっきとした日本語ということになります。

ちなみにこの混乱は、電源のプラグを日本人が「コンセント」と呼ぶところからさらに複雑です。プラグの意味の「コンセント」こそ、和製英語です。さらに言うと、インフォームド・コンセプトという人もいます。これも全くの和製英語、この方が電源プラグのコンセントと間違わずに、意味が伝わりそうでなかなか面白い。

昔、新進の日本人達は「漢字」という表記法を受け入れ、漢語なる外来語を通して新しい概念を導入しました。それを改良して、ひらがなとカタカナも作りました。一方、現在の国語専門家は現代の外来語である「ローマ字」と英語を否定して、和製中国語を作ろうとしていることになります。テレビとかパソコンとかナイターに代表される和製英語は標的にならないのに、なぜインフォームドコンセントは、気に召さないのでしょうか。「インターネット」「ガス」はそのままで構わないそうです。思想が見えません。

新しい言葉が理解できないのは英語だからではなく、それが新しいコンセプト(これもいけない?)だからでしょう。アメリカ人でも教養の高くない人には、新しい用語のinformed consentの意味はわからないかもしれません。

実は、日本人が英語だと信じている新しい概念(これならいい!)の多くは、ラテン語かギリシャ語です。新しく作られた専門用語には、英語はほとんどありません。日本人が和製中国語を作るのとおなじように、アメリカ人も外来語を使う方が知的に聞こえるのでしょう。たとえば、今話題のナノテクノロジー(nanotechnology)の「ナノ」「テクノロジー」は、ギリシャ語から来ています。informとconsentはラテン語から来ています。

国語の専門家は「ナノ」をなんと訳すのでしょうか。「ナノ」はカタカナでいいのでしょうか?中国の計数法ではナノは「塵」です。だから、ナノテクノロジーを「塵技術」と訳せば満足いただけるかもしれません。ところが、今の中国では塵とは訳さず、発音から「納」(台湾では「奈」)と訳しています。ほかにも、「バイオ」はギリシャ語だし、冒頭の「ユビキタス(ubiquitous )」はラテン語、「ロボット」に至ってはチェコ言語です。これらを日本人が漢字(中国語)に訳する必要があるのかどうか、疑問です。laserは英語だけど、lightamplification by stimulated emission of radiationの略で、フランス語でもドイツ語でももちろんlaser。日本ではレーザーとレーザの二つのカタカナ訳があります。中国では大陸と台湾で訳が違って、激光(北京)と雷射(台北)です。さて、国語審議会はどう標準化されるのでしょうか?

日本の一番いけないことは、権威がことばを規制しようとすることにあると思います。漢字の中国語よりカタカナ英語が使われるのは、社会がそれを求めているからでしょう。私はむしろ、ローマ字をそのまま使用することが許されるようになって欲しいと思います[1]。昔の知識人が中国語である漢字を導入することによって新しい概念を日本語に取り入れたように、現代の知識人はローマ字の新語を漢字(中国語)に訳すことなくローマ字のまま導入して、新しい世界の概念を日本に取り入れて欲しいと思います。

2月3日、私は3人の仲間と会社を設立しました。会社名は「塵光子」ならぬ「ナノフォトン」としました。SK

[1] 河田 聡「インターフェース」、CQ出版、1996年。

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