2003年10月のメッセージ

科学とは芸術なり

作曲家や画家など芸術家は、題材をどうやって見つけるのでしょう。人まねではなく、一貫した強い個性を示す絵や曲は、どのようにして生まれるのでしょう。自己を満足させかつ社会に評価される作品とは、どうすれば作ることができるのでしょう。

科学者もまた、芸術家と同様に強い個性で持って、楽しさと苦しみの中から研究題材を生み出します。人と同じことをすれば研究ではなく、だからといって人と違うことをしても、それはまるで音程の外れた曲を作るように、無駄で無意味な、研究のための研究かもしれません。

科学も芸術と同じように、その成果は社会の評価を得て社会に還元してはじめて活きます。アマチュアではなく、食える芸術家や食える科学者は、幸せな人達です。

私自身は、研究者になりたいというはっきりした信念を持たないまま、いつの間にかこの世界に棲みつくことになってしまいました。そうでありながら、最近、若者に研究者のありかたについて、説明を求められることが多くなっていています[1]

今回は、私がいつも研究室の学生達に話している科学者の生き方について、書いてみたいと思います。

ピカソの絵は初めて見る作品でもピカソの絵だとわかり、桑田佳祐が新曲を作ると歌声を聞かずとも桑田佳祐の曲だと分かります。同じように、著者名を見なくてもその論文を読んだだけで、これは河田聡の研究だと分かる研究がしたいといつも考えます。

しかし、研究の基本とはまず「人まねをすること」です。この発想は、多くの研究指導者が言われることとは全く逆ですが、私は、まずは徹底的に人まねをするべきだと皆に説きます。適当に自分の個性などを出さずに、憧れの先駆者の実験と思考を、徹底的にまねるのです。日本人は、安易に中途半端に先駆者の研究を弄(いじ)りますが、これは先駆者に対して大変失礼であるだけでなく、自分にとっても、天才や偉人のスピリット、コンセプトを感じて学ぶチャンスを捨てていることになります。

私は10年前に世界で初めて金属プローブを用いた散乱型の近接場顕微鏡(NSOM)を発表し、ラマン散乱や蛍光のナノ観察に応用してきました。ただし、この方法は原理的に吸収分光には適さないので、私は赤外の吸収分光には、別の開口型のNSOMを開発しました。ところが、その後、赤外の吸収分光にこの原理を利用する人達がドイツに現れ、その後日本にも追従グループが登場しました。散乱型NSOMの発明者の私としては、散乱型NSOMの間違った応用を残念に思っていますが、最後に真似たグループは、誰もやっていない方法だと自慢しておられます。

むやみに弄るのではなく、まずは先人の仕事をまねて欲しいものです。

これは、デッサンに相当します。まずは練習なのです。デッサンの練習を繰り返すうちに、同じの題材に対しても、ピカソ風とかゴッホ風の絵が描けるようになり、人をだませるほどまでになります。これで初めて、先人の魂に触れることができるのです。

研究も、中途半端に工夫などはせずに、優れた仕事を徹底的にまねてみましょう。完全に真似ることが実は大変なことが、すぐに分かります。論文に書いていないノウハウがたくさんあり、優れた仕事の裏にある苦闘や努力が見えてきます。なぜこの材料なのか、なぜこのレーザーなのか、なぜ、この光学系なのか、先人の苦しんだ道が見えてきます。

今の日本は論文数至上主義なので、皆、先駆者の優れた仕事を適当に弄って(改悪して)、たくさんの論文を書きますが、これは決して自分のためになりません。急がば回れ、安易に工夫をしてはいけません。デッサンと自分の本格的作品は別だと捉えるのがいいでしょう。

論文は必ず「はじめに(イントロダクション)」から始まり、そこでは、なぜ読者がこの論文を読むべきなのか、研究の動機(モーティベーション)が書かれます。一番惨めな論文は、研究の動機がネガティブな論文です。誰かが何らかの研究をしたが、そこには問題があったから改良するに至ったといった類の、動機が否定的な、先駆者の仕事を侮った論文です。研究室の学生には、ネガティブ・モーティベーションの序論は書くな、ネガティブな動機の仕事はするなと、いつも言っていますが、なかなか直りません。

では、どうやって人まねの段階から自己の個性を生む段階に変わるのでしょうか。この答えは、実は私にもよく分かっていません。ひたすら研究を続けるうちに気がつけば自分の個性が確立されて、次々とアイデアが生まれていた、と気づくのだろうと思います。

才能は生まれながらの先天的ものかもしれないし、後天的にある経験を経て自然に身に備わるものかもしれません。後天的なものがあるとすれば、やはり一流の仕事を真似ることがそれを作り上げると思いますし、生まれつきの才能があってもその努力がなければ、草野球で終わるでしょう。

人と違うテーマを持つためには、まず自分の夢を持つことです。あまり専門的な夢ではなく、一般の人にもわかりやすい科学の夢を持つのがいいと思います[2、3]。もちろんあくまで夢ですから、現段階では実現しそうになく、むしろ突拍子もないことがいいのです。ただ、簡単でわかりやすく、具体的な夢がいいと思います。

テーマを分野だけ設定するのは、楽しくありません。具体的な夢を見ましょう。たとえば、「ロボットの研究をしたい」というだけでは研究分野を指定しているだけで、夢ではありません。具体的にわかりやすく、「身長135cmの空を飛ぶ鉄腕アトムを作りたい」と夢見ましょう。そうすると、そんな小さなエネルギー源は現実にはまだないので、寿命とサイズの要求を満たすエネルギー源の開発が始まるでしょう。そして、ロボット学と言わずあらゆる物理や化学を使って、コストを度外視してでもこの夢を実現しようと、研究することになります。もっとも、夢はあくまで夢ですから、それは目標であってゴールで無くても構いません。

私自身、これまでたくさんの夢を持って生きてきました。近接場光学の研究では、分子像をカラーで見る光学顕微鏡を作ろうと夢見ました。AFMやSTMがあれば分子の形は見えるのですが、それぞれの色は見えません。そこで、光を使いながら光の波動性を超えて、分子構造を表す分子振動の分布をカラー画像として見る装置を開発してきました。そのほか、配線も電池もないインプラントマシンや血管の中を走るナノマシーン、自分で勝手に伸びていく光ファイバーの作り方の開発、3次元の超大容量の光メモリなど、いくつもの夢をテーマとして研究を進めています。このような夢に基づく研究テーマの選択は、応用物理学のような応用科学の世界にしか役に立たないと思われるかもしれません。しかし、応用研究的な夢を実現するためには、非線形シュレーディンガー方程式や局所表面プラズモン分光、多光子過程、光異性化反応、近赤外分光法などの、サイエンスの展開が含まれます。

ずいぶん偉そうなことを書きましたが、最初からこのような姿勢で私が研究していたのではありません。長い年月の経験を経て、ようやくこのように整理して考えるようになってきたのです。今日10月1日は私の何回目かの誕生日です。こんなメッセージを書く年頃になってしまったのか、それともまだまだ青臭いからでの発想でしょうか。SK

[1]    河田 聡、「チャンスを生かせ」、応用物理、1998年8月号。
[2]    河田 聡、「研究者よ未来を語れ」、学会事務センター「スキエンティア」、 2003年7月。
[3]    河田 聡、「研究者よ夢を語れ」、日本経済新聞、2003年6月6日。

Copyright © 2002-2009 河田 聡 All rights reserved.