2004年12月のメッセージ

生きるということ。

最近、顕微鏡で見た心筋細胞に魅せられています[1]。皆さんも、レーザー顕微鏡で心筋細胞を見れば、きっとその動きに魅了させるはずです。人の身体の中の心臓を構成する心筋細胞は、たった一つだけでも培養液の中でピクピクと鼓動して生きています。この細胞がたくさん集まって一緒に伸縮することによって1分に60回心臓を動かし、新鮮な血液を身体の中に送り込みます。心臓を動かす心筋細胞は、人の命そのものといえます。

ここで不思議なことは、心筋細胞は一つだけでも生きていることです。生物としての最小単位は、一人の人間あるいは一匹の動物だと思っていたのに、その中の細胞が一つだけで鼓動して、生きているのです。別々の2つの心筋細胞は、離れていると互いに独立に鼓動しますが、くっつくと鼓動は一緒になります。たくさんの細胞が互いに繋がると、その動きはやはり同期します。もしバラバラに動いたら、心臓の動きは乱れ、不整脈を生みます。たくさんの細胞の中で、どれが基準の鼓動をする細胞なのかは分かりません。というよりも、はじめから決まっているのではなく、互いの競争の中でリーダーが決まっていくのでしょう。猿山でボスが決まるのと同じです。もしペースメーカーの細胞(ボス猿)が何らかの理由でその座を降りたとしても、競合の中から再び速やかに別の新しいリーダーが選ばれます。レーザーの発振のモード間競合と同じ現象です。

この様子を見ていると、心筋細胞の集団は、猿の集団と同じようにたくさんの生命個体の集団のように思えてきます。一つの心臓すなわち一人の人間がたくさんの生命体の集団として活動をしているように、見えてくるのです。

空を飛ぶ鳥は一羽で個体のはずですが、鳥が獲物を襲うときには集団となって、その群れがまるで一つの意志を持つ生命体のように行動を取ります。一羽の鳥の力は小さくとも、皆で力を合わせれば自分達より遙かに大きな獲物を襲うことができるのです。このとき個別に生命を持つ鳥は、大きな鳥怪獣(?)の細胞の一つずつとなります。普段はバラバラでも、いざ敵と闘うときとには「合体」をする合体ロボットのようです。蟻が群れを成して自分より大きな餌を巣に運んだり、集団で巣作りをしたりするのを見ても、生命体は個別ではなく群れ全体のように見えます。以前紹介したマイケル・クライトンのプレイ(獲物)は、低知能のロボットが創発的に、協調行動する現象がテーマです[2]

さらに、それぞれの細胞(鳥)の中には、若い細胞(鳥)や老いた細胞(鳥)がいて、人の身体(鳥の群れ)の中では、細胞の世代交代が起きています。すなわち、一人の人間の人生は複数の世代の細胞によって成り立っていることになります。何世代にもわたって自分達の巣を作る虫が多種ありますが、完成前の虫の個体はまるで使い捨てのロボットのようです。女王蜂のために死んでいく無数の雄蜂も、使い捨てロボットですね。

イラクで活動している各国の軍隊やオウム真理教や連合赤軍の組織の中で、それぞれの人たちが自己と個性を失い細胞として使い捨てられていくのも、生命科学では特異なことではなく普通のことなのかもしれません。もっというならば、世代を超えて人間の文明を確立し地球を支配する人類という巨大生命体において、それぞれの人は世代を超えた人類という生命個体を守るために生きていることになります。さらに、人間を活かすための身体の中の細菌や人を含む生態系を構成するすべての生物が、集団的に一つの生命体となって、個別の世代と種を細胞として生きていることになります。この巨大生命体の目的は、地球上に生命体を残すことなのでしょうか?その生命体を、我々は「神」と呼んでもいいのかもしれません[3]

たった一つの心筋細胞の動きを眺めながらこんな風に思いを巡らすうちに、人の個体としての命とか人生というものが分からなくなってきました。リチャード・ドーキンズは「利己的な遺伝子」の中で、生命個体とは遺伝子の乗り物でありすべては遺伝子を守り伝えていくためにあると、言います[4]。地上の生き物のすべては、遺伝子たちが自らを生き長らえさせるためにあるのでしょうか。現実を見れば、ドーキンズの仮説は説得力がありそうです。実際、その後この仮説に強い反論はなかったように思います。

それでも、自らの臓器を生体移植して最愛の家族の命を守ろうとして生きている人、最愛の一人息子を亡くして失望のどん底を生き抜く人、最愛のご主人を亡くしてなお自分の人生を探し求めて一人で生きる人、家族全員を一瞬の事故で失い神を恨んで苦しみ抜いている人、最愛の子供を同級生にあるいは通りがかりの人にあるいは変質者に殺された人、その人たちにとっては、使い捨ての細胞などあり得ないのです。

人にとってはその人生は確率ではなく、必然の偶然だと思います。アインシュタインは、神がサイコロを振るとは思えないと言って、原子や光量子の存在位置を確率論的に扱おうとする量子力学を最後まで否定しました[5]

学位論文提出を間近に控えた学生の論文を読みながら、彼が作った顕微鏡の心筋細胞のビデオを見ているうちに、いろいろ思いを巡らせてしまいました。SK

[1]    私たちの研究室では、ラットの心筋細胞の中を走るカルシウムイオンの波や細胞と細胞の間を伝わるイオンの伝達の様子を可視化したり、細胞膜の電位の動きを追ったり、細胞の中のナノ構造を生きたまま見る顕微鏡を開発し、心筋細胞の機能を解明を目指して研究しています。研究室で開発した技術を、私たちの会社ナノフォトンで商品化して、他の研究者に使ってもらおうと販売もしています。
[2]    河田 聡、フレッシュマンのための読書ガイド:「理系」「文系」を超える、日経サイエンス 、2004年5月号。マイケル・クライトン「プレイ(獲物)」早川書房、2004。
[3]    今や飛ぶ鳥を落とす勢いのダン・ブラウンの「天使と悪魔」(ダ・ヴィンチ・コードの前作で、ラングドン教授シリーズ)では、科学者が神を信じ、宗教家が科学を駆使しています。
[4]    リチャード・ドーキンズ「利己的な遺伝子」、紀伊国屋書店、1991。ただし原書が出版されたのは1976年であり、原題でも「Selfish Gene」です。これを昔は初めて読んだとき、私は大変ショックを受けました。遺伝子科学と進化論の共に大きな影響を与えたベストセラーです。もし、まだ読まれたことのない方がおられたら、是非一読をお勧めします。
[5]    河田 聡、2004年7月のメッセージ。今書店に並んでいる「日経サイエンス」の2004年12月号は、アインシュタインの特集号です。

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