2006年12月のメッセージ

オクスフォードの洪水

今月のメッセージはOxfordのTrinity Collegeのゲストルームで書いています。今回のオクスフォード滞在の目的は、大学院生の博士論文審査です。今朝3時間かけて、大学でvivaを行いました。vivaとは口頭試問のことです。指導教官はこれに参加することができず、Oxfordの別の教授とひとりと外部の専門家(私)が、学位申請者(候補者)を呼んで審査を行います。学位論文は300ページに及ぶ分厚い論文です。日本の学位審査と異なり学術雑誌への投稿は必要とされず、提出された学位論文のみを読んで学生に質問をし学生の能力を審査します。パワーポイントなどのパソコン・テクノロジーは使わず、3人それぞれが学位論文を手にして、黒板を使って議論をします。古くさいスタイルのように思われるかもしれませんが、この方がむしろグラフやメモを自由に描いて討論ができるのです。

審査の参加者は、正装しなければなりません。学生は胸にびらびらの付いたデザインの白いシャツを着て、白い蝶ネクタイを締めます。上には黒いスーツと学生用の黒いガウン。カレッジのエンブレムを胸に付けます。教授も白いシャツに白い蝶ネクタイ。学生より立派で赤い帯のある黒いガウンを着ます。頭には、てっぺんがフラットで四角い黒の帽子。私は外部者なので、普通の背広で構いません。教授の正装ぶりは夕食の時も同じですが、会合に応じてガウンの種類が違います。私が初めてこの正装を見たときは、まるで映画の中のシーンにいるような気がして、大変感激しました。イギリスの頑固なまでに伝統を重んじてその歴史にプライドを持つ文化は、日本とは大きく異なります。「次はボクも羽織・袴で来ようかな」って言ったら、皆大まじめに「それがいい」と言います。

学位審査を受けた学生は旧・東ドイツのイエナの出身です。イエナはカール・ツアイスという光学メーカーとショットというガラスメーカーの本社がある街です。顕微鏡や望遠鏡、プラネタリウムやカメラなど、ほとんどの光学機器とそのレンズはカール・ツアイスとショットが元祖です。第2次世界大戦の後、ツアイスは東西でふたつの会社に別れて存在していましたが、ベルリンの壁が崩壊していち早く、西ドイツのツアイスが東ドイツのツアイスを吸収合併し、本社をイエナに戻しました。この学生はイエナに生まれてごく自然に光学研究に憧れて、ツアイスでアルバイトなどをした後、オクスフォード大学の大学院に入学し光学の研究で学位論文をまとめました。Oxfordで学位を申請する多くの若者は、彼のように外国人です。

vivaでは、細かい研究の話はあまり重要ではなく、考え方や基礎的なことが尋ねられたりします。「君の論文の3つ目の式の分母にーj(jは虚数を表す記号)が掛け算されているけれど、これは物理的にはどういう意味でしたっけ?」なんてことを、さりげなく聞きます。学生は緊張のあまり、倒れそうなほどでした。

会議室は建物の比較的高いフロアにあったので、窓からは街と反対側の郊外の景色が見えました。vivaの日は、オクスフォードの街の東側に広大な湖が見えました。しかし、まさかそんなところに湖などあるはずはありません。この湖は、flooding(洪水)です。街の端を流れるテムズ河が、洪水したのです。でも、これはイギリスでは災害ではありません。「いつ頃に水が引くでしょうかね?」とか「今日は洪水の中をどうやって来たのですか?」なんて言葉が挨拶がわりに使われるほど、日常的なのんびりした自然の光景なのです [1] 。日本だときっと100年に一度の洪水に耐えるような高い堤防を作って、人間から河川を分離するでしょうが、イギリスでは洪水もまた自然と人間の共生の当然の結果に過ぎないのです。外国人が日本に来て最初のショックの一つは、河や道路の回りがコンクリートで固められていることです。自然と親しむのではなく、自然を退治しようとする官僚の発想は、日本人の心を荒ませます。オクスフォードの街の両側と町中に流れる運河はロンドンまで続き、今でもnarrow boatと呼ばれるボートでロンドンまで行くことができます。あるいは英国中を運河を通ってボートで旅行ができます。

さて話を戻して、Oxfordの学生や先生はみなOxford大学に属する以前に、まず35のcollegeのいずれかに属します。カレッジのひとつに入学を許可されると、大学にも自動的に入学できるのです。カレッジは全寮制の寄宿舎のようで、学部の勉強はほとんどそこで行われます。大学で教授とか講師と呼ばれる人たちは、カレッジではフェローと呼ばれます。大学ではレクチャー(講義)が行われますが、カレッジではチュートリアルが行われます。チュートリアルとは、フェローがひとりかふたりの学生を相手に行う個人指導です。いわば家庭教師です。科目は歴史や物理、哲学や数学など多岐にわたります。日本の大学では、アメリカを真似て40人とか200人を相手にレクチャーをするのが普通ですが、Oxfordではマンツーマンのチュートリアルが学習の基本です。昔はフェローも学生と一緒にカレッジに住んでいたのですが(すなわち独身)、いまではフェローの多くはカレッジの外に暮らします。それでも、カレッジに自分のオフィスがあり、そこで寝泊まりできるようになっていますし、ランチやディナーもしばしばカレッジでとります。イギリスの食事は外国人には不評ですが [2] 、カレッジでの食事は最高に美味しく、朝食はイングリッシュ・フル・ブレックファースト、昼食はビュッフェ・スタイルのイタリアンかフレンチ、ディナーは特上のワインとチーズとそしてフランス料理で、夜中遅くまで様々な話題で盛り上がります [3] 。もっとも、これは学生のテーブル席より一段高いフェロー用のハイ・テーブルと呼ばれる席での食事の話であり、学生のテーブルではそれほどではないかもしれません。学生とフェローで食事の内容が違うのですから。

Oxfordに入学したら、学生は退学しないと言われています。大勢の学生を入学させて、その後について行けない学生やサボって来ない学生をどんどん退学させていくアメリカの大学(日本でもこのアメリカ式を理想と考える教授達が多くいます)とは全く正反対です。折角入学した学生の教育を途中で投げ出すのは、先生側であれ学生側であれ無責任であり、もったいないことだと考えるのです。一旦入学した限り卒業するまで学業を全うすべきとするのが、Oxfordのカレッジの考え方です。  学生の入学は、それぞれのフェローがしっかり面接をして決めます。日本のように学生の顔も見ず名前も見ずに、入学試験の点数だけで入学を許可することはしません。日本式は無責任だと考えるのです。自分が入学させた学生が勉強についていけないとなれば、その学生を入学させたことが間違っていたことになります。そんなわけにはいかないので、入学後の学業について行けるようにフェローは常にしっかりと学生の面倒を見るわけです。もし入学生が日本人であって、英語力が乏しいために学業についていけないならば、フェローは自ら英語の家庭教師を雇うでしょうし、もし本人が精神的に疲れれば、カウンセラーを雇います。

アメリカの大学の冷たい競争社会システムと、イギリスの人間味溢れる教育のふたつを見て、そのどちらでもない日本の無責任教育システムでは、競争に弱く人にも冷たい人が育つのは当然の結果と思ってしまいます。最近の教育再生会議の議論の内容を見ていても、アメリカとイギリスの両方の仕組みを知らない人たちの思いこみばかりの議論に情けなさを憶えるばかりです。ここ2ヶ月主張してきているように [4] 、受験生を点数と番号だけで扱おうとする日本の受験制度をまず変えなければ、日本の教育は決して良くならないと思います。

vivaを行っている間、部屋から見える雨のフィールドでは、ラグビーの試合がずーっと行われていました。Oxfordには35のカレッジがあるので、35のラグビーチームがあることになります。一つのカレッジに2つのラグビーチームがあることも珍しくないそうなので、その倍かもしれません。Oxfod大学の学生数は大学院生も含めて約1万5千人。私の勤める阪大が約2万だそうですから、阪大よりも少ない大学に35から70のラグビーチームがあることになります。ボートやサッカーやバスケットボール、パンティングやクリケット、ゴルフなど、他にもありとあらゆるスポーツに35のチームがあるのです。文科系のクラブ活動や音楽、美術についても同じです。日本の大学と違い、このような学業以外の活動はとても盛んで、このような活動を通じて人と人との関係を確立させて、幅広い教養を育てていくのです。vivaの後は、研究室で皆でシャンペンを飲み、夕方には皆でパブに出かけました。日本では周りがお祝いの準備をしますが、欧米では祝って貰う本人が全部準備し、パブでのビールや食事もこのときだけは彼が全部払います [5] 

この原稿は12月1日に書いたのですが、帰国後、原稿の督促や会議と講演の「洪水」に溺れてしまい、今月のメッセージも遅くなりました。ようやく水が引いてきたので、アップロードします。SK

[1]    洪水で水につかるのは住宅地ではなく、meadowと呼ばれる川辺の牧草地です。meadowにすむリスや虫は、洪水になったらどこに逃げるのって聞いても、誰も答えは知りません。「若き数学者のアメリカ」(新潮社、1977)で有名な数学者でエッセイストの藤原正彦さんの「遙かなるケンブリッジ」(新潮社、1994)にも、この洪水についてのマナーハウスのおばあさんの感想が書かれています。この本は、藤原正彦さんの最近の新書やテレビでの発言とは全く異なり、「品格」のあるほのぼのとしたエッセイです。
[2]    林望の「イギリスはおいしい」(平凡社、1991)にも詳しくおかしく書かれています。これもまた秀逸のエッセイでした。イギリスに行かれる折りには、是非事前に読んでおかれることをお勧めします。
[3]    正式のディナーは週1回で、その日はまたガウンの正装です。
[4]    先月先々月のメッセージ。
[5]    今北純一「欧米対決社会でのビジネス」(新潮社、1988.文庫本は社会思想社から1994)。これは海外で学んだり働く若者の必読書です。私がお薦めの一冊。今月はエッセイのオンパレードでした。

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