2007年3月のメッセージ

アメリカ風日本食の勧め(納豆はダイエットに効くと思う・続編)

先月のメッセージに「納豆はダイエットに効くと思う」と書いたものだから、結構反響がありました。ダイエットに効くか効かないかについてではなく、私が納豆を「一粒」も食べたことがないことに対する反応です。たくさんの人に、食べてみることを勧めていただきました。関西出身者からも、最近納豆が食べられるようになったとの話を多く聞きました。私がブルーチーズに目がないので、納豆もきっと美味しいと感じるはず、とも教えていただきました。

でも、ちょっと違うんです。単に美味しいかどうかだけではないんです。食堂で隣の人が、納豆を箸でかき混ぜて納豆をぬるぬると気持ち悪くさせて、きらりと輝る美しい白いご飯の上にその汚物を覆い被せてご飯を呼吸できなくして、納豆の臭いに冒されていく様子を、正視することができないのです。生卵をかき混ぜてご飯にかけるのも、私には耐えられません。美味しいかどうか以前に、炊きたてのふわっと美味しい白いご飯に黄色くどろっとしたものを入れてかき混ぜるのを見ることに耐えられないのです。親子丼やカレーうどん、焼きそばパンも食べられません。私の父はカレーライスはライス抜きで食べて(ビールを飲みながら)、カレーを食べ終えた後で、ライスをおつけもので食べていました。鰻丼も、鰻とご飯は別に用意して、鰻だけをまず食べて(日本酒を飲みながら)、その後で白いご飯を食べていました。

納豆を食べないのは、父親から受け継いだ私の「文化」なのかもしれません。いわば「食文化」です。関西では昔から瀬戸内海の新鮮な魚が手に入り、気候が温暖なので野菜もいつも豊富で新鮮です。神戸牛、近江牛の産地でもあります。新鮮な食材が豊富なので、関西では食材をあまり加工せずにできるだけそのままの味を楽しみます。したがって、味付けは薄くなります。関西の漬け物は浅漬けで、うどんのスープは透明で、醤油も薄口です。味付けは地方によって異なります。

「食文化」に限らず、文化とは地方や時代によって違うのです。一つの文化が世界を制覇したときには、文化は消滅します。これをグローバリゼーションといいます。それぞれの違いを理解することが、文化を楽しむ原点です。食材に困る厳しい冬に高蛋白な食材として、いわゆる「糸引き納豆」を東北地方の人が食べ始めたののもまた文化です。地方地方で食材や調理法が違うことは、旅行の楽しみでもあります。最近はどこに行っても同じロゴのチェーン店が並び、食文化の楽しみが無くなってきました。かつての九州の豚骨ラーメンとは似ても似つかない味の濃い油まみれのラーメンを売る店が全国に軒を並べ、そこに行列が並ぶ風景に私は文化を感じません。最近は海外に行ってもどこでも同じブランドの商品が並んでいて、ショッピングの楽しみも無くなりました。

先月の「納豆」のメッセージをきっかけに「食文化」を考えていたら、農水省が「海外日本食レストラン認証」という制度を始めるとのニュースが流れてきました。欧米の昨今のダイエット・健康食への高い関心が日本食ブームに転じて、たくさんの日本食レストランができたのはいいのだけれど、およそ日本食とは言い難い「日本食」が出回っている。これは日本文化の破壊である、本当の正しい日本食を世界の人に伝えたい、ということなのでしょう。

旅行先でジャパニーズ・レストランに入ったら、見栄えは似ていても鰹節や味噌の香りのない不思議な和食を食べさされることがよくあります。カウンター越しに板前さんに話しかけても、「いらっしゃいませ」と「マグロ、トロ」以外は日本語を話せない人もいます。外国人が寿司を握っているのを見ると私はびっくりしますが、現地では結構受け入れられているようです。

アメリカ在住の頃の私はとても貧しかったので、日本食のレストランなどへ行くことが出来ませんでしたが、その頃に行ってみたかったレストランのひとつに、ロッキー青木さんの「BENIHANA of TOKYO」という鉄板焼きの店がありました。食材を放り投げたり包丁でカチャカチャ音を鳴らすシェフのユーモラスなパーフォーマンスは、正統な日本食レストランとしては認証されないでしょうが、日本人としてはすこし誇らしく感じる日本レストランです。アメリカ文化と日本文化の融合として、私は楽しませていただいています。残念ながらこの店も転売され、世界に広く展開してしまいました。その上、この店の文化をそっくり真似をする店が乱立気味で、最近ではもうあまり珍しくなくなってしまいました。

今でもあるかどうか、ニューポートビーチの「ロックンロール・すしバー」も、よかったですね。ロックンロールががんがん流れる中でカウンター越しにシェフと冗談を言い合いながらカリフォルニア巻きを食べるという、不思議な寿司屋でした。最近ではサンフランシスコのセイント・レジズというホテルの「アメ」というレストランがいいです。ジャパニーズなのかアメリカンなのかイタリアンなのか分からず、日本人のお客さんも日本人の店員もいないけれど、ここの料理は新しいタイプの高級日本食だと思います。この2軒はどちらも、日本に住んだことのあるアメリカの友人に連れて行って貰いました。

私は、海外の和食は日本の和食と違って当然であり、それがまた新しい食文化だと思います。農水省の「海外日本食レストラン認証会議」のホームページを開けると、長い時間とたくさんの人を使って日本食についての調査と議論をしていることがわかります。でも私は、「食文化」とは国家が決めることではないと思っています。国家がそんなことに私たちの貴重な税金を使ってくださらなくても、結構です。フランスでは、ミシュランの星の数によるレストラン評価が有名です。ミシュランとは、車のタイヤの製造メーカーです。車で旅行をする人たちのためにタイヤ会社がガイドブックを作り、レストランの紹介をします。このミシュランという会社については日産復活の奇跡を生んだカルロス・ゴーンさんの伝記に詳しく書いてあります [1]。いずれにしても国家が関わる事業ではなく、タイヤ屋さんのサイド・ビジネスのです。

味覚は人によってそれぞれ異なります。関東人と関西人では好みが違うので、レストランのランキングは異なるはずです。食文化や教育のやり方を国家が認定したり法律を作るのは、およそ文化国家の思いつく発想ではありません。変な日本食、大いに結構じゃないですか。文化や教育とは、国家が画一化し強制をし認定をするのではなく、その時代その場所に住む人たちが創るものだと思います。SK

[1]    Philiippe Rie's、「カルロス・ゴーン、経営を語る」日経新聞社、2003.ちょっと古い本で読まれた方も多いと思いますが、なかなか面白くお勧めの1冊です。

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