2007年4月のメッセージ

昔の名前で出ています。

しつこく、納豆の話題から。

納豆を食べすぎて人が死んだなどという話は聞いたことないので、バラエティー番組のたわいない嘘に目くじらを立てることなどないと思っていたら、番組製作したテレビ局は連盟から除名され、国からの行政指導も受け、社長はクビになりました。この国ではうかつに冗談も言えないなあと、ちょっと恐ろしくなりました。

私には、こんなバラエティー番組の嘘よりもNHKが受信料を取ることの方がずっと気に入らないです。郵便局ですら民営化されるこのご時世に、NHKだけがなぜ特殊法人でありつづけて税金を払わないのか、NHKを見ない人からもどうして受信料を取るのか、この方が、納豆ダイエットよりも問題です。

駅前に駐車違反車がずらりと並んでいて、歩行者が通るのにも路線バスと触れそうになっていても警察は駐車違反を取り締まらず、歩行者のいない空いた道路で隠れてスピード違反を取り締まっている、そんな警察の取締りとよく似た構図です。日本の役所は楽なことを優先的にやり、大切なこと・重要なことは後回しです。どうでもいいことは一生懸命やって、面倒なことはなかなかやってくれないんです。

「どうでもいいこと」と言えば、4月1日から日本中の大学の助手が「助教」と呼び名が変わりました。業務内容は今と変わらないのに(形式的には少し変わる)、呼び名だけが変わります。本当に「どうでもいいこと」です。こんなことよりもっとやるべきことが、文科省や大学にはたくさんあるのですが。「助手」は英語にしたらアシスタントなのでイメージが良くないので、「助教」に変えたのだそうです。でもそんな言葉は、どの辞書にも載っていません。教育の責任省庁である文科省が、こんなに安易に造語をしていいのでしょうか。正しい日本語を使うように奨励するのも、文科省の役割だと思います。およそこの国の役所は伝統を守ることよりも、名称を変えることが好きなようです。最近の独立行政法人ブームでも、組織の名称や英語略称がやたら変わり、大変不便です。学生の留学支援の機構は「AIEJ」と呼ばれていましたが、独法化によって突然「JASSO」になりました。外国人にはなぜ名前が変わったのか、およそ理解ができません。大学の学部・学科名にも、人間やら創成やら知能やら学問に馴染まない軽薄な言葉が飛び交います。元々は何学科であったのかさっぱりわかりません。農学が生命科学とか原子力が環境エネルギーとか、これって「詐称」じゃあないですか、名称の「捏造」ですよと指摘したくなることもしばしばです [1]

「助教」の最大の問題は、「この言葉は絶対に変だ、全く妙だ、どの辞書にない!」と皆が気づいていながら、誰にも名称変更を止められなかったことにあります。一旦ことが動きだしたら誰にも止められず、名称変更することだけが目的化してしまうのです。センター入試制度が、本来の共通一次試験の思想をすっかり忘れてしまい、いつのまにか小手先の小細工に走り過ぎてしまったことや、ゆとり教育が本来の趣旨・意図と全く異なるカリキュラムいじりに陥ってしまったことも、同根の問題です。誰もがおかしいと感じながら、流れが動き始めると止められないのです。

この奇妙きてれつな名称の導入を決定した責任者は、言語学的に歴史学的にこの言葉の由来を社会に説明する責任があります。もし社会や大学人に意見を聞けばおそらく90%以上の人が助手のままか講師か助教授が良いと言い、「助教」を支持する人は1%に満たないでしょう。市町村再編において新市名を奇妙な名前に変更をしようとして、合併に失敗したニュースを思い出します。今回の「助教」への名称変更はチェックポイントがまったくないままに決まってしまいました。独法化した各大学が自己判断でこの奇妙な名称を拒否することもありませんでした。これは恐ろしいことであり、残念なことです。

「助教授」の名称もなくなりました。4月1日からは日本中の助教授は、4月1日から「准教授」と呼ばれることになりました。アソシエイト・プロフェッサーの日本語訳ですが、広辞苑には出てきません。助教授は広辞苑に載っていて、「教授を助ける」と説明されています。この定義がいけなかったようです。これからの日本の大学の助教授は教授を助けるのではなく、アメリカの大学のように教授に準じる役割を果たして欲しい、というわけです。もし助教授の責任と権限を高めたいのなら、名称変更よりも日本の講座制を廃止することをやるべきです。でもそれは大変面倒だから、とりあえず名前だけ替えておこう、って訳です。本当はすでに大学院重点化の時に従来の講座制を廃止して、複数の教授と助教授でもって大講座を組織するよう指導されました。しかし、実態はほとんどの大学ではこれを無視して、昔の講座制が守られています。名称を准教授に変更しても講座制解体はできません。国が各大学・各部局の教員人件費を教授・助教授の人数配分で決めて、その人数を厳密に固定しているからです。国が変わらなければ、講座制はなくなりません。教員の定員や給与の配分を、形式的ではなく実質的に自由化にすれば、講座制は無くなります。でもそんなことをすると人件費の計算が面倒になるので、効果がなくても楽な名称変更を行ったのです。

95年に「大学院重点化」というプログラムがあって、文科省が重要と認める大学の教官は、その所属を学部から大学院に移されました。大学院重点化された大学では、学部教育から大学院教育にその重心を移すように求められました。しかしこれも結果は何も変わりませんでした。重点化大学の学部学生の定員を減らさない限り、大学院重点化が実現するはずがありません。そして重点化大学の学部定員を減らすことはとても面倒なことなので、手を付けないのです。

明治以来「教室」と呼んでいた大学の教官組織は、大学院重点化の後は「専攻」と呼ばれるようになり、「教室主任」は「専攻長」に名称が変わりました。「専攻」と言えば、教官が電気工学(例えば)を「専攻(Major)」するのではなく、学生が電気工学を「専攻」します。すなわち「専攻長」とは、同じ科目を専攻する学生の中での「級長」を意味します。教授が専攻長とは、変なんです。広辞苑には「主任教授」は載っていますが「専攻長」は載っていません。4月1日から私は、精密科学・応用物理学専攻長ですが、私自身は相変わらず応物教室の「主任教授」と名乗っています。就職の御挨拶にお見えになる企業の人事の方には。混乱させて申し訳ありませんが、「昔の名前ででて〜えい〜ま〜す〜」[2]SK

[1]    理化学研究所でも、昨年「先任研究員」の名称が「専任研究員」に変わりました。権限や義務は変わりません。「先任」は年長の研究者を意味し「専任」は選ばれた研究員なんだそうです。研究者には、「どうでもいいこと」です。

[2]    若い人は知らないと思うので、「昔の名前ででています」
        唄・小林 旭、詞・星野哲郎、曲・叶 弦大

        京都にいるときゃ 忍と呼ばれたの
        神戸じゃ渚と 名乗ったの
        横浜の酒場に 戻ったその日から
        あなたがさがして くれるの待つわ
        昔の名前で 出ています
        (つづく)

        これもまあ、「どうでもいいこと」ですが。

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