2007年10月のメッセージ

ノーベル賞受賞記念:ゴアさんは昔の方が格好良かった

1時間とは言わない、せめて10分でも事前に予知できれば、地震の被害は画期的に減らすことができるはずです。しかし残念ながら、現実には数秒前が限界です。これは震源地から地震が伝わるまでの時間であって、地震の予知ではなく早期発見です [1] 。70年周期とかいうような周期的再来の話は、過去の分析であって未来に当てはまるかどうかは約束できません。素人ならともかく、科学者がこれを信じてはいけません。非線形で強い相互作用の多体問題である地震を、単純なる線形系に当てはめて周期論を論じるのは、無知・無謀です。

さて、地質を徹底的に改良して日本に地震が発生しないようにできるでしょうか?無理でしょうね。自然を甘く見てはいけません。プレートの動きはそんなに単純ではなく、フラクタル化しており、人が望むように制御できることなどとても不可能です。

戦後、米軍(進駐軍)が太平洋上に塵を巻いて雲を作り台風の進路を制御しようとしたことがありました。もちろん成功などしませんでした。台風を消したり進路を制御するには、気象はあまりに複雑すぎます。

同様に、人が海の水位を人工的に上げたり下げたりすることも不可能だと、私は思います。人間が石油を燃やして二酸化炭素を空気中に増やせば、人工的に海面の水位を上昇させることができるでしょうか。あるいは二酸化炭素を減らせば水位を下げられる?私はそんなことは不可能だと思います。近年の石油の使用量の増加によって地球は温暖化し、海水の量が増加して水位が上昇する、と言われています。しかし、海水が増加し続けるというのはあまりに単純すぎる線形モデルです。

ツバルという世界で2番目に小さな国(1番はバチカン市国)が水没することが、いま大変心配されています。テレビでは、ツバル島が水浸しになっている様子の映像が繰り返し流されています。これが人類のエネルギーの無駄使いによる温暖化現象のせいだというのです。しかし日本の海岸はどこも水没していません。ツバル島だけで、海面が上昇しているのでしょうか?海面が上昇していると考えるより、ツバル島の方が沈下しつつあると考えた方が妥当ではないでしょうか。潮の満ち引きは、一日で少なくとも2mぐらいあるでしょう。これに対して、温暖化によって上昇するのは、これまでのところは年に1.6ミリです [2] 。地球温暖化による海面上昇がツバルを水没させているという話には、あまりに無理があります。

世界には多くの海底遺跡があります。これらは、海水が増えて水面が上昇して水没したのではありません。火山活動や地震によって、土地が沈んだのだと考えられています。海の水量は大量に増やすことはできませんが、陸地は沈下したり隆起します。エレベストに海底生物の化石が見つかるのも、ボリビアの高地にユウニ塩湖があるのも、かつて地球の温度が高く海面が高かったのではなく、そのあたりの土地が隆起したのです。

氷は水より密度が低いので(だから氷は海に浮かぶ)、北極の氷を全部融かしても水位は1ミリも上がりません。南極の温度が上がると、扉を閉め忘れた冷蔵庫の中の温度が上昇したとき内部が霜で覆われるのと同じように、雪が降って氷として積もるそうです [2] 。氷が溶けて海水に混ざると水温は冷えて、海流が流れた先の気温は下がります。温暖化ではなく地球は冷えるでしょう。Roland Emirichのthe Day after Tomorrowという映画は、まさにこの状況を予知しています。地球とは、極めて多体で複雑で非線形なシステムであり、冷夏や猛暑、温暖化や寒冷化を人工的に望むように制御することはできないと思います。少なくとも、地球の温度を上げたければ石油を燃やせばよいと考えるのは、むしろ人類の思い上がりだと思います。簡単・単純な線形モデルは、地球には成り立ちません。このような単純な温度上昇が成り立つのは、外部から均衡を越すエネルギーを与えれ続ける場合のみであり、それは太陽の変化だけでしょう。外部からのエネルギー補給がなければ、地球の持つエネルギーは位置エネルギーと運動エネルギー(拡大定義をするなら熱エネルギーに加えて化学エネルギー、生物エネルギーなどすべてを合わせて)だけです。エネルギー保存則は、しっかりと成り立っているのです。

もちろん、局所的に瞬間的に温度変化を生むことはできます。まさにガスストーブやエアコンがやっていることです。都市部のヒートアップ現象はこの例であり、人が生み出す異常気象です。エアコンの効いた部屋は涼しいけれど、その外には熱い空気が吹き出ています。局所的に地震を起こしたり気象をコントロールしたり大気温度を上げることはできても、グローバルにそれらを思うように制御することは難しい、と私は考えます。

逆にほんの小さなきっかけが刺激となり惑星規模(planatary)で予想外の影響を及ぼすこともあり得ます。それらはバタフライ現象として知られています [3] 。これも制御不能、予測不能です。

石油を燃やさずとも猛暑や温暖化は訪れるし、石油を燃やしても冷夏が来ることだってあります。私は、地球の温度維持や温度変化には、太陽が大きな役割を果たしていると考えます。太陽の影響はどの程度なのか私には全く分かりませんが、人類が石油を燃やすという活動よりも太陽の活動の方が桁外れに大きいことは確かでしょう。

物事を簡単に考えるのは楽です。しかし、私のように世の中の多数と違う考えを発言しにくくなっていることは、危険です。欧米では、温暖化現象についての解釈は様々であり、議論は伯仲しています。いまの日本で「温暖化は人類の活動と関係がない」と言いきれば、厳しい批判を受けます。東大教授であるその道の権威者は「これはすでに科学者のコンセンサスとして決まったことである」と言います。まるでガリレオ・ガリレイの時代の異端尋問所のようです。科学とはコンセンサスを否定することです。多数が正しくないのが、科学です。コンセンサスを口にする人は、政治家ではあっても科学者ではありません。

私が初めて、地球温暖化の講演を聴いたのは1994年のことです。私と同じ研究分野の元ミシガン大学のGeorge Stroke教授が、人類が消費するエネルギーで増える炭酸ガス量の程度では地球の温度は上がらないことを、データを示しながら講演されておられました。その当時、私は経産省と環境庁の科学実験衛星プロジェクトで、ロケットに分光器を積んでオゾン層破壊と温暖化を計測するプロジェクトに委員として関わっていましたので、非常に驚きながら彼の話に聞きました。そのときといまと、基本的に議論が進んでいないことに危なさを感じます。

「環境」は守るべきです。環境を守るためには、人は活動をできるだけしないことです。エネルギーを使わないことに尽きます。石油の埋蔵量は減りつつあります。ゆっくり使うか早く使い切るかの差はありますが、石油が排出する二酸化炭素の総量は決まっています。石油のかわりに植物から取れるエタノールを使っては、元の木阿弥です。バイオエネルギーは石油に変わる地球温暖化要因になります。石油は昔の動物、石炭は昔の植物です。これらも、同じバイオエネルギーです。環境対策は人間の活動を減らすこと以外にはありません [4] 

トウモロコシは二酸化炭素を吸って、それに含まれる炭素を材料として自分の身体を作り上げて、大きく育ちます。成長した後のトウモロコシに含まれる炭素を生成してエタノールを取り出して、それを燃やすと二酸化炭素が発生します。トウモロコシを人が食べると、人は二酸化炭素としてはき出します。トータルの炭素の量は、地球全体では変わりません。森の木も、成長が止まれば炭素は必要でなくなり、二酸化炭素をあまり吸わなくなるでしょう。森の木を切ってパルプを作れば、紙として使われます。再生紙として使われた後、最後は焼却炉でゴミとして燃やして二酸化炭素に変わります。エネルギーは時代を超えてサイクリックに消費しまた保存されているのです。植物を動物が食べて、動物の死骸から石油ができて、燃料として使って二酸化炭素ができるのと同じです。

バイオ燃料を生成するために自然を破壊して広大なるトウモロコシ畑を作り、そのために森の木を切り動物を追いやり、耕作や除草のために農機械を走らせ、アルコール蒸溜のために石油を燃やして、二酸化炭素を排出します。農業とは広域の環境破壊です。稲荷神社とは森の地を切って田畑を作り、森に棲む野生の動物たちを追いやったことに対するオオカミ(大神、転じてきつね)の祟りを鎮めるための神社であることは、2005年8月のメッセージでも述べました [5] 

こうなれば、人類が存在すること自体が環境破壊そのものだと言うことになります。しかし、人類の活動もその自然環境のひとつに過ぎないとも言えるでしょう。ただ、気になるのは、環境をテーマにして金儲けをする輩がいることです。地震だ地震だと騒いで、公共建物の改修で金儲けをする国と土建業者の話題は、2005年の12月にメッセージに書いています [6] 。どうも2005年は、私は環境に意識が高かったようです。10月には、環境をテーマにした名古屋の「地球博」は、環境を破壊して作った博覧会だと主張しました [7]

温暖化対策で金儲けをするのは、一体誰なのでしょうか。テレビに繰り返し写る北極で漂流する氷山の塊に乗る北極シロクマのシーンは、環境に金を使わなければと思わせるに十分な映像です。氷山の塊が割れて流れるのは、大昔からの北極の普通の風景です。もし氷河が溶けず宝山が割れて流れなければ、世界が氷河に覆われます。この映像を見る度に、私はニューヨークのワールド・トレードセンターの崩壊の映像が何度も繰り返して放映された時のことを思い出します。あの映像を繰り返し流すことによって、アメリカがイラク戦争を始めることを正当化したのです。映像を何度も何度も繰り返すことは、人々の冷静さを失わせます。地球温暖化のスキャンダル話は、マイケル・クライトン(ジュラシックパークやプレイなどで有名な社会型SF作家)のState of Fear(邦題:恐怖の存在)のテーマでもあります [8] 。武田邦彦さんも厳しく環境問題に群がる人たちについて告発しておられます [2, 9] 。地震対策と共通の話題です [6]

ここまでは、今月のメッセージの長すぎる導入部です。

2007年のノーベル賞平和賞は、アル・ゴアさんに与えられることになりました。ゴア元副大統領は、情報スーパーハイウエイ構想を打ち出して今日の情報化時代を築いた人であり、不正と非効率の官僚機構の改革を提案した人でもあり、アメリカ史上もっとも優れた副大統領であったと思います。しかし今回のノーベル平和賞を受賞したことで、彼には可哀想に、ダーティーなイメージが付くことになります。ノーベル平和賞は、佐藤栄作さんや金大中、キッシンジャー、アラファトとペレスなどが受賞しています。例えばキッシンジャーさんはベトナム戦争を始めた人であり、その人がベトナム戦争を止めた(負けた)ことでノーベル平和賞を受賞したのです。この賞はとてもダーティーなイメージでかつ政治的で歴史的に疑わしい人たちが受賞しています。できればミャンマーの僧侶など、抑圧されてながらも平和を獲得するべき人たちに与えられるよう、ゴアさんには発言して欲しかったと思います。

アル・ゴアさんの「不都合な真実」の本 [10] と武田邦彦さんの「環境問題になぜウソがまかり通るのか」の2冊 [2, 9] とを見比べてみてください。ゴアさんの本は、漂白されて厚手の白い紙にカラー写真やCGが美しく並べられて、文章は非常に少ないのと比べて、武田さんの本は安物の再生紙のペーパーバックで、文字はたくさん、もちろん黒のみです。どちらが環境に優しくどちらの本の製作がより環境を破壊しているかは明らかです。ゴアさんが私的生活では浪費家であるなどの批判を受けていることもよく知られることですが、真偽のほどは私には分かりません。マイケル・ムーアさんなら、製作コストの安い映画を作るし服装もみすぼらしいので、彼がノーベル平和賞を受賞する方が相応しかったかもしれません。もっとも、ムーアさんには政治的な疑わしさが足りないので、ノーベル平和賞には相応しくないかもしれません。しっかり太って、いいスーツを着て、頭髪もしっかり固めた今のアル・ゴアさんに、ノーベル平和賞は相応しいのでしょう。SK

[1] フロンティア研究機構に参加いただき平成洪庵の会でもお話しいただいた池谷元伺先生は、地震の直前に鰻が騒ぐことを研究された。これは合理的です。残念ながら阪大退官後、若くして亡くなられてしまいました。
[2] 武田邦彦、武田邦彦「環境問題をなぜウソがまかり通るのか2」洋泉社、からの受け売りです。文藝春秋2007年7月号の、彼の「不都合な真実、主犯は米国だ」も必読です。
[3] 例えば、ジェームス・グリック「カオス:新しい科学をつくる」新潮文庫、1991
[4] ナショナル・ジオグラフィック 2007年10月号、「バイオ燃料」救世主あるいは悪魔とのサブタイトルが付いている。食料と燃料との取り合いが主な議論であるが、バイオ燃料が地球温暖化に悪影響であることも少し触れてある。
[8] マイケル・クライトン「恐怖の存在、上・下」、ツバルがバヌアツという国名になっている。
[9] 武田邦彦「環境問題をなぜウソがまかり通るのか」洋泉社
[10] アル・ゴア、不都合な真実(ランダムハウス講談社

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