2008年6月のメッセージ

五月蠅

私が中学高校の時に国語という科目が苦手になったのは、俳句がまるで理解できなかったことがきっかけの一つだったと思います。松尾芭蕉の有名な句

「閑さや岩にしみいる蝉の声」

は私を悩ませました。セミの音をひどく喧しく感じる私には、「閑さや」と言われてもうまくイメージができません。私は国語の才能はないのだと確信しました。同じく芭蕉の

「古池や蛙飛び込む水の音」

も分かりませんでした。私にとっては、カエルもまた田んぼや古池でゲロゲロ・ガーガーとうるさく鳴き、かつ気味の悪い爬虫類です。蝉と蛙に閑さを感じる芭蕉の感性は、私には欠けていました。国語の試験では、いつも私の答えは模範回答と違っていました。

芭蕉の句の感性は、今の日本人も持っているようです。今月の話題は、日本人の喧噪を楽しむ心についてです。

大阪・東京間を毎週通う私にとって、 飛行機や地下鉄は「動く職場」「動くオフィス」です。この移動オフィスで集中したり瞑想に耽ったりして、私は研究構想を練ります。移動オフィスの机(私の膝すなわちラップ)の上にラップトップコンピュータを開いて、一心不乱に原稿を書きます(この原稿もいま有楽町線で執筆中です)。来客も来ないし電話も掛かって来ない、ネットも繋がらないこの移動オフィスは、私がもっとも集中して仕事ができる場所なのです。 あまりに集中するので 乗り過ごすこともしばしばです。時にはうたた寝もしますから、移動寝室にもなります。

ところがこの私のオフィスに、車掌さんの車内放送がずけずけと入り込んできます。

「本日は東京メトロ有楽町線をご利用いただきありがとうございます。」
「お客さんにお願い申し上げます。駅構内で不振な荷物を見つけられたときは駅係員までお知らせ下さい。」
「読み終わりました新聞雑誌は、車内に置かずにお持ち帰りいただきますようお願い申し上げます。」

五月蠅いなあ、今ボクは忙しいんだから、大した用事がないのならスピーカーで話しかけないで下さい。

「お降りの際、車内にお忘れ物・落とし物なさいませんようにご注意下さい。」

お節介ですね。自分で注意しています。

「次は池袋です。」
「 電車とホームの間に広く空いているところがございます。 足下にご注意下さい。」
「ピーッ!!」
「発車いたします。閉まるドアにご注意下さい」

当たり前でしょ。発車するときには、ドアは閉まるでしょう。ドアを閉めずに発車するなら注意してください。でも閉まるドアに注意しろってどうすればいいの?余計なことをぺらぺら喋る人のことを昔から放送局と言いますよね。車掌さんはまさに放送局です。

「お客様にお願いします。優先座席付近では携帯電話の電源をお切り下さい。その他の車両では、マナーモードにして下さい」。

見渡す限り、誰ひとり携帯電話はしていませんよ。携帯電話よりもあなたの放送の方がよっぽどうるさいんです。携帯電話をしていない善良な乗客に何度同じ注意をすれば気が済むのですか。 その後も、女性専用車両に乗るなとかリュックサックをかつぐなとか、注意は果てしなく続きます。

飛行機の機内でも同じです。つかの間のうたた寝をしようとしても、日本の飛行機は不要な放送が多くて、くつろげません。空港で出発時間が近づくと、マイク放送に加えて航空会社の人たちが、搭乗客に大声で早く乗るように呼びかけられます。みんな電光掲示板を自分で見ています。出発予定が変更されたとき以外はむやみに叫ばないでください。うるさい。

飛行機に乗る前のX線検査装置を通るときにも、係員の人がうるさく話しかけてきます。

「携帯電話とパソコンを鞄からお出し下さい」

言われなくてもちゃんと出してます!検査場の前の大きなポスターが貼られています。

「ペットボトルをお持ちじゃありませんか?」
「カバンを横にしてもいいですか?」

「縦にしてくれ」って言ってないでしょ、縦でも横でもお好きなようにしてください。それぞれに返事をしないと、X線装置を通してくれません。すべての質問が終わったら、係員は私の鞄をトレイを載せてくれます。それぐらい、自分でできるんですけど。なぜか小さな携帯電話をひとつだけ別のトレイに入れてます。さらに不思議なことに、それに上からもトレーを被せます。

世界中にこんな世話焼きな空港は日本以外どこにもありません。他の国では乗客がそれぞれ自分で荷物をベルトコンベヤに載せます。もし不審な荷物があれば、X線装置が発見してくれます。検査は係員ではなくて機械がするのだから、係員も下らない質問も不要です。

さて、X線を過ぎた後にはさらに係員が3,4人います。そのひとりが荷物を一つずつ先の方へ運んでくれます。もうひとりの係員は

「前にお進み下さい」

って言います。「後ろに進んだら飛行機には乗れないでしょ」と、また突っ込みたくなる。荷物を前に運んでくれる係員には「ベルトコンベアなんだから、荷物は勝手に前に進みますよ」って言いたくなります。毎回毎回同じことを言われるので、つっこみ返す気も失せて、できるだけ係員の話を聞かないようにしてします。一台の検査機に6人もの係員がいるなんて、なんという無駄でしょう。これが日本の高い飛行機運賃に反映されているのでしょうか。

「うるさい」は「五月蠅い」と書きます。今年も旧暦の5月になり、梅雨のシーズンが訪れました。いきなり部屋にハエがはいってきて、まさに文字通り五月蠅い(うるさい)。蝉よりもカエルよりも、やっぱりうるさいとうえば蠅ですね。 木の枝や古池で鳴いているのではなく、人の周りにまとわりつきます。 五月蠅い!

日本人は、なぜが公共の場所でマイクでもって一般人に話しかけるという行為が好きなようです。日本の選挙が異常だと思うのは、選挙カーに乗って走りながらスピーカで名前を連呼し町に騒音をまき散らす点です。欧米ではあり得ないことであり、救急車やパトカー以外の車がスピーカーを使うことは許されません。右翼の街宣車も全く不可解です。これは皆に迷惑を掛けることがひとつの目的なので、彼ら自身にはがなり立てる理屈はあると思うのですが、日本の警察がこの街宣車の放送を取り締まらないことは非常に不思議です。 選挙カーの場合は「五月蠅い」とかえって票を失うと思うのですが、わざわざ「ご迷惑をおかけしております」と言ってまでがなり立てます。

五月蠅いのは放送だけではありません。車両内の電光掲示も五月蠅い。

「will be stopping at .... before .....」

欧米では次の駅の名と終着駅だけしか出ません。前の駅や出発駅を知らせる必要はないからです。

「リュックサックは網棚にあげるか手でお持ち下さい」

誰もリュックサックは持ってませんよと、突っ込みをいれたくなります。

あまりに関係ない注意放送が多すぎて、私の脳には見事に放送を聞かない・聞こえないようにするフィルター回路ができあがってしまいました。その結果、乗り換え案内を聞き逃して乗換駅で乗り換え損ねることがしばしばです。小竹向原という駅で西武池袋線と東武東上線に分かれるので、乗っている地下鉄がどちら行きか気をつけていないといけないのに、頻繁に乗り換え損ねるのです。成田や関空にはあまりに沢山の案内が所狭しと通路に並べられていて、ここでも肝心な情報を見落としてしまいます。決まった掲示板に最低限の案内だけをして欲しいものです。 道路の上の電光掲示板の表示も、喧しい。渋滞情報だけを知りたいのにお節介で余計なご注意だらけです。

グーグルで「放送 五月蠅い」を検索してみました、

日野市のスピーカー放送が五月蠅い、ヘリコプターからの防災放送が煩い、新幹線東京駅の駅員の放送が五月蠅い、町内放送がメチャメチャ五月蠅い、西枇杷島町防災行政無線五月蠅い!訴訟、、、、出てくる出てくる、なんと75.7万件ヒットしました。6月3日の産経新聞の「政論探求」というコラム欄に「管理車内はたくさん」という記事を見つけました。客員編集委員の花岡氏が携帯電話に対する車内アナウンスに、管理社会の危険性を示唆しておられます。まさに同意。さらに、「うるさい日本の私」という本(中島義道著、新潮文庫、2006年)まで発見しました。 ボクだけじゃなかったんだ、みんな「五月蠅いって」怒っているんだ。では、一句、

閑かさや、脳にしみいる車内放送
SK

[1] 2002年8月のメッセージ6年前にも「日本人の聴覚」と題して、私は、世界中の電車やラウンジや飛び立つ前の飛行機の機内で携帯電話が使えるのに、日本だけは異常に嫌われて電源まで切らそうとする、ことについて触れました。6年経っても、日本人のお節介と五月蠅さは一向に治るどころか、ますます酷くなってきているようです。
[2] 追記。バルティモアからワシントンDC行きの鉄道案内チラシに、次の「
注意」を発見しました。

「Baltimore MRAC Train Policy: Non-folding bicycles, smoking, audio devices without earphones, and loud or profane language are not allowed onboard.」

訳すと、「折りたたみのできない自転車での乗車、喫煙、イヤフォンをつけずにラジオやウォークマンを聴くこと、そして、大声や下品な会話は、車内ではお断りします」そう、携帯電話はOKで車内放送はダメなんです。下品な会話もダメです。これこそ国家の品格・都市の品格、素晴らしい!SK (2009年6月1日追記)

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