2009年11月のメッセージ

フラテルニテ

10月の最終週は南仏のマルセイユで、日仏の2国間会議を開催しました。日本学術振興会(JSPS)とフランスの国立科学センター(CNRS)がスポンサーです。第1回目は淡路島で2005年に開催し、今回は2回目です。加えてアメリカのフランス大使館が支援して、アメリカ人の仲間も集まりました。

海が見えるホテルに参加者全員30人が一緒に泊まって4日間、朝から晩まで1人30分ずつ最新の研究成果を紹介します。主催者(私と他数名)が講演者を選んで招待します。毎日一緒に暮らすので、お互いに仲良しになります。日本人はどうしても大きな学会に憧れがちですが、ヨーロッパではこのような小さな会議が好まれます。私自身も、このような会議に一年に何度か招待され、あるいは主催します。政治の世界でも、国連のような大きな会議よりもG8やG20など少人数の会議で、首脳達は人間関係を築きます。

さて、マルセイユの会議でひとつの事件が起きました。私と一緒に日本側の代表として準備をしてくれた同僚にフランスからビザが下りなくて、会議に参加できなかったのです。私達日本人やアメリカ人は、フランス滞在が90日以内ならビザの申請が不要です。しかし、彼は日本国籍を持たないので、たった4日間の訪仏でもビザの取得が必要です。

日本人はビザ無しで短期渡航できるようになったので、大阪のフランス領事館はビザ発行業務を辞めてしまいました。彼は東京のフランス大使館にまで、申請に行きました。1ヶ月も前のことです。この会議のパートナーであるマルセイユの教授からの正式の招待状を付けてです。招待状には、「この会議はCNRSとJSPSの大切な会議であり、彼を主催者の1人として招待したいので、ビザを発行して欲しい」と書かれています。

でも1ヶ月たっても、ビザは発行されませんでした。彼は講演をキャンセルし、飛行機をキャンセルしホテルをキャンセルし、そして、それぞれに違約金が発生しました。

なぜ、フランス大使館は彼にビザを発行しなかったのでしょうか?間に合わなかったとの説明です。1ヶ月は、普通より十分早めの申請です。なぜ間に合わなかったのかは、答えてくれません。

日本ではあまり知られていませんが、このようなトラブルは日常茶飯事です。私が主催する会議にアメリカの著名な教授を招待したら、アメリカの日本大使館は会議前にビザを発行してくれませんでした。彼が中国国籍だったからです。日本の有名な研究者がアメリカで開かれる国際会議に行くためにアメリカ大使館にビザを申請したところ、発行されなかったこともありました。彼が日本国籍を持っていなかったからです。

私の研究室にいる中国人、モロッコ人、インド人は、いつもビザ取得で苦労をしています。彼らは世界のどこの国へ行くのにもビザが必要です。

日本の大学や学会では、女性の地位向上のための様々な活動が行われています。しかし、日本国籍を持たない研究者や障害のある研究者は、女性以上にはるかに厳しい差別を受けています。

現地で私達(フランス人と日本人)は、フランス大使館(や日本大使館)はどうしてこんなに冷たくて融通が効かず意地悪なのだろうかと、話し合いました。私の同僚が大使館に何度電話をしても、担当者は電話に出てくれなかったそうです。やっと電話が繫がっても、相手は名前も役職も名乗ってくれません。上に伝えますと言うだけ。まさに「官僚」です。決してリスクと責任は取らないのです。

フランスの制度は日本に非常に似ていて(あるいは日本がフランスに似ている)、官僚主義が蔓延る社会です。友人のフランス人の教授達の大学や国に対する不満は、日本の教授の不満と全く同じです。社会主義はなぜ役人天国になってしまうのでしょうか。

フランスの国旗はトリコロールすなわち三色旗で、「自由」と「平等」と「博愛」を意味します。そのうち自由と平等は自由主義・社会主義を意味するのでしょう。国旗で一番面積の広いのは赤です。これは「博愛」を意味します。「博愛」とはいったいなに主義なんでしょうか。

博愛は、フランス語では「フラテルニテ」、英語では「フラタニティー」です。「フラタニティー」はすこしデリケートな言葉で、秘密結社っぽいイメージがあります。ダン・ブラウンの「ダヴィンチコード」で有名になった「フリーメーソン」やギリシャ文字2,3文字で名付けられるアメリカの大学の学生組織の意味にもなります。日本語では、鳩山一郎氏が「友愛」と訳したことでも知られています。今の総理のお祖父さんです。

このことばはギリシャ語の「フィリア」から来ています。「フィリア」は愛を意味し、フィルハーモニックは和音を愛する、フィロソフィー(哲学)は知恵を愛する、フィラデルフィアは愛すべき都市、フィリピンは愛すべき国です。私達の専門用語ではハイドロフィリック(親水性)という言葉があります。水が好きっていう意味です。「フラタニティー」は全体主義の反対語として理解されることもあります。

役人や官僚は「平等」を大切にしますが、「博愛」を軽視します。隣人を愛さないのです。その結果、市民に冷たくて自分は責任を取らない職業のように見られてしまいます。

新しい総理大臣は「友愛」が大切だと説かれます。「自由」と「平等」と「博愛」。戦後60年、日本にもフランスにもアメリカでも「博愛」が忘れられていたような気がします。受験高校から東大法学部そして国家公務員試験と、常に競争に勝ち抜いてきた官僚の人たちが得意とするのは、自由と平等。一番苦手で理解できない概念が「博愛」です。自由よりも平等よりも、まず大切にしたいことは「博愛」です。

人を愛する、自然を愛する、科学を愛する、自由を愛するこころが大切だと思います。規則よりも前例よりも「博愛」です。もし地球への「愛」を大切にすれば、ハイブリッドカーなど買わずに、自転車に乗ることでしょう。省エネ家電を買わずに、電気を消すでしょう。コンクリートのダムを造るのではなく、山河の自然を守り野生動物を守るでしょう。高速道路から金を取るのではなく、高速道路を撤去するでしょう。韓国の大統領になった李明博さんは、ソウル市長の時にソウルの町の中の高速道路を撤去して清溪川を復元して市民の憩いの場としました。アメリカにもヨーロッパにも、人の密集した都市に高速道路など決してありません。東京も大阪も街の中から高速道路を撤去して、景観とお堀を市民に返しましょう。

博愛に返ってくる言葉は、「おめでとう」ではなくて「ありがとう」です。フランスの国旗を見て、「博愛」を思い出しました。「友愛」は宇宙人の言葉ではありません。私達の言葉です。SK

写真はマルセイユの港の夕日@日仏のナノバイオフォトニクス会議にて

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