2010年9月のメッセージ

夏の師走

「師走」って言葉がありますが、大学教授にとって一番忙しく走り回るのは実は夏休み、特に8、9月です。今年の夏も私は8月15日、一日だけしか休みが取れませんでした。叔父の三回忌をして、それで夏休みは終わりです。

大学教授の
夏休み
が忙しい理由は、たくさんの国際会議がこの時期に集中するからです。世界の科学者のそのほとんどは、大学に勤めています。夏休み以外は講義や研究指導があるので、皆が集まることが出来るのは夏休みだけと言うわけです。そこで夏休みに研究集会やビジネス会議が集中します。8月だけでも、サンディエゴとボストンとそして北京でふたつの会議に私は出席しました。その間にも日本で長崎と山形とそして東京・大阪・つくばで会議がありました。大学院の入学試験も夏休みに開かれます。


加えて、最近では国が様々な研究助成プログラムを作り、その申請や審査が夏休みに集中します。昨年は突然3000億円のばらまき(?、結果は1000億円)が夏休みにあり、今年も若手に500億円の資金配分するプログラムが作られました。私達の研究予算は、科研費や戦略的創造研究事業などがあるのですが、上に述べた予算は自民党が政権交代の直前に一回きりの気まぐれ無駄遣い助成金として作られました。今のソーリ大臣も
増税を言う前に、
このような無数の緊急性のない無駄使い予算を減らしてほしいものです。他にもありとあらるるたくさんの助成プログラムが毎年生まれて、そして1〜3年で消えていきます。そして、これらの審査のほとんどが夏休みに集中します。この他にも様々な審議会・審査会の申請や審査が夏休みに集中します。「お盆の間にお読み下さい」の手紙と共に申請書類の山とDVDが自宅に届き、それをiPadに詰めて、世界を飛び歩くことになります。

このような助成金プログラムは国立大学の独法化以降、激増しています。日常の大学の運営費交付金を減らして、このような助成金プログラムからの間接資金で大学運営を行わせようというのが、国の方針のようです。助成金や補助金プログラムは国による地方自治体の締め上げと同じ構図を大学に生み、科学技術政策の中央集権化と官僚の支配力が顕著に高まります。

研究者はじっくりと科学をすることなく、総合科学技術会議の気に入るテーマに自分の科学をねじ曲げて、予算申請をします。まるで脅迫されたかの如く、短い期間に予算申請の書類を書き、短期間で成果の出る研究テーマを書かされます。じっくりと長い年数を掛けて議論してテーマを絞り込んでいては、総合科学技術会議の軽薄なテーマにはあてはまらないのです。ちなみに、今年は「グリーン・イノベーション」と「ライフ・イノベーション」です。これにあてはまる科学研究だけが、先に述べたような研究費を得られます。それ以外は、科学とは認められないのです。

このように分野を狭く限定すると、特定の産業と特定の学会だけが利益を得ます。まさに港湾や歓楽街の支配構造と同じで、学会ヤクザの仁義なき戦いが生まれます。もっとも、このふたつのイノベーション・テーマ支援も2,3年で終わりです。同じテーマを毎年繰り返していては、官僚の方々の仕事が無くなるからです。総理大臣を毎年交替させた方が都合がいいのと同じ理屈です。ただし、どんな規制が出来ても手を変え品を変え、ヤクザ側は歓楽街を支配し続けようとします。


めちゃくちゃ、筆(キー?)が滑りすぎてしまいました。熱中症なのかもしれません。明日に温度が下がれば、このメッセージは消えてしまっているかもしれません。

今月のメッセージは思いつき気まぐれ助成金の話ではなくて、今滞在している北京事情です。北京には、年に2,3度来ます。そのたびに街の発展の速さに目を奪われているのですが、今回はいつも以上にその進化・変貌ぶりに驚かされています。これまでは、何となく一点豪華主義でしたが(そこだけを見て騙される日本人はとても多い)、今回は全体的に底上げされている気がします。学会のプログラムもメモ帳もテッシュペーパーもトイレットペーパーもかつての紙とは違い、日本と同じ品質です。部屋のエアコンが古くて動かずトイレにはバケツとごきぶりホイホイが置いてあり個室のドアが開いたままだったのは、ついこないだのこと。道路に信号機がなく誰も車線を守らず、けたたましくクラクションを鳴らしていたのも、わずか10年前のことです。

北京オリンピックが北京を変えた?

いや、オリンピックはきっかけに過ぎないと思います。変化は突然起こるのです。ソウルも少し前に同じ進化を果たしました。一方、相対的に日本の急速なる衰退ぶりは、深刻な状況になってきています。北京大学のキャンパスやビルディングが統一感を持って美しい変貌を遂げるのに対して、バラバラな設計による細かなビルを林立させる日本の大学
、ルックスにおいても日本の大学の国際競争力を失わせてしまいました

いま、世界の国際会議から日本人が消えつつあります。中国人や韓国人の参加者が目立ち始めたのと対照的です。特に招待講演を受ける人や国際会議を企画する日本人がいなくなりつつあり、日本の貢献度は目に見えて激減しています。次の世代の人達に国際貢献と挑戦の熱意が育っていないのです。私はこれまでにたくさんの国際会議を日本あるいは海外で主催してきましたが、次の世代の人達は学会には参加はしても、それを主催しようとする人がほとんどいません。学生の海外留学や海外に出るポスドクの数が減っていることが話題になっていますが、それよりも上の世代がすでに深刻な国際離れ、社会貢献離れに陥っていると思います。高度成長時代に教授であった人達とその次の世代でカルチュラル・ギャップがあるかもしれません。個人を責めるのではなく、国際的な環境の変化に対応した人材育成をしてこなかった国や社会の責任です。

日本の国内特殊事情の気まぐれ予算の申請に過剰に振り回されることなく(しかしもちろん研究費は必要です)、夏休みはずっと海外を放浪(あるいは海外の学会をはしご)するのもいいかもしれません。いろいろな研究室を訪問し、いろいろな学会で同世代の人達と話をし、世界の科学者のそれぞれの国や人による違いを知ることも
いいことだと思います。私自身は大学に勤めるようになってからも、夏休みにはアメリカの大学に3回過ごし、イギリスとオーストラリアでも一夏ずつ過ごしました。文科省や大学から旅費や研究費をもらったことは一切なく、すべて自費でした (先方からの給与や財団の援助はありましたが)。というわけで経済的に大赤字の夏休み海外滞在でしたが、それは
自分の将来への大きな投資だったと思います。残念ながら、教授になってからは学科長や大学院入試などの大学業務が増え、また最近では上に述べたような様々な研究助成絡みの仕事が入り、夏休みは最も忙しい時期になってしまったのです。

1995年の科学基本計画以来、日本の大学教員の研究予算は大変豊かになりました。国内外の旅費を研究費で払えるようになったため、自費で海外滞在や学会参加する人は少なくなってしまいました。他人(国)がお金を出してくれなければ、学会に参加しなくなってしまったのです。かつての私達のように、今の若い研究者も自分のお金で自分に投資してみるといいと思います。投資の見返りは将来に何倍にもなって返ってきます。



また、筆
(キー?)
が滑っています。やっぱり熱中症?

話題は、北京の変貌。あのおんぼろバスはどこへ行ってしまったのか、いまやぴかぴかのバスしか見当たりません 。普通自動車もピカピカの新車ばかり 
[1] 
。私のパートナー研究室の若い研究者は、VWのカッコイイ新車(ゴルフとポロの間で日本で売っていないモデル?)に乗せてくれました。地下鉄の路線も増えました。バスの運賃はわずか0.4人民元(日本円で5円)、学生はその半分です。地下鉄も2人民元(日本円で26円)。だけどお金持ちになった北京の人達はバスや地下鉄ではなく、自家用車に乗りたいのです。その結果、相変わらずの大渋滞。車のナンバーで日によって
市内に入れる自動車は規制されてるそうですが、それでもなおものすごい交通渋滞です。

その中国から、私が持って帰ってきたお土産は写真の雨合羽(レインコート)です。1998年に初めて中国に行ったとき、突然雨が降り始めました。そうしたら、街中が瞬間にカラフルになったのです。すべての自転車が一斉にこのレインコートを羽織ったのです。身体をすっぽりと覆い帽子までが付いていて、自転車全部と自転車のカゴまですっかり覆ってしまう、大きなカッパです。
残念ながら、今の北京では道路を走る自転車の数は激減し、雨が降ると突然生まれるカラフルな街は消えてしまいましたが、、、。

そこで、日本でこのレインコートをぜひ流行らせたいと思っています。
日本は今エコ・ブーム、そしてサイクリング・ブームです。私も自転車で大学に通っています。日本の街を懐かしきかつての北京にしてみたいものです。SK


[1] 
不思議なことに
自転車は相変わらずビックリするほどおんぼろです。自転車は盗まれるからだそうです。

追記1.「師走」の意味はもちろん年の終わり。年の終わりは日本では12月ですが、北半球の日本以外の国では8,9月が学年の最後で、10月から新入生が入学し、新しい年を迎えるのです。だから夏休みが師走って言うのは、合理的かも。

追記2.中国はどこまで繁栄し続けるのでしょうか?日本を追い越す?13億人のうちのトップ
の平均収入は日本人1.2億人の平均値よりも植田という話もあります。2000以上の大学があり、ここ10年だけでも200以上の大学が増えたとか。でも、もう日本は中国に勝てない、というのは短絡的なマスコミ的発想です。大丈夫、そうはならないと思います。日本もJapan as Number 1といわれた頃は、アメリカを追い越す勢いでした。それが終わったのは円高によるバブル崩壊です。1ドル360円の固定相場制から変動相場制に変わると徐々に円が強くなって、それが80円に達してついにバブル崩壊。それからは衰退の一途でした。今の中国の繁栄も人民元の対ドル固定相場制による虚構の繁栄だと言えます。変動相場制に移ると、中国製品は国際競争力を失い、今の日本が味わう苦しみを経験するはずです。
1.2億人

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