2011年10月のメッセージ

ユダヤ人

アメリカの会議で、しばらく会っていなかったイスラエルの友人と出会いました。お互いの共通の友人との思い出話にしばし花咲かせた後、恒例の「外国人の日本褒め」が始まりました。しばらく日本に来ていない人と話をすると、必ず一度は出てくる話題です。昔に初めて日本に来た時の旅行がどんなに楽しかったか、日本人がどんなに親切にしてくれたかなど、楽しかったことや珍しい経験を事細かく話してくれます。

日本の国と日本の文化と日本人を懸命に
褒めてくれているのは嬉しいのですが、実はこの話題は苦手です。スウィフトのガリバー旅行記を思い出します。動物園にパンダを見に行った時の話を聞かされているような気になります。恐いもの見たさに人食い人種の国に行ったら、住民は意外にも優しかった、みたいな。私はひねくれているのでしょうか? 

今回会った彼は日本のことをよく知っているので、彼の色眼鏡は濃くないのですが、それでも例のパターンで日本を褒め始めました。「日本って素晴らしいよな。」「えっ?」「楽しいんだよ。」「例えば?」「電車も地下鉄も、ぴったり時間通りに来るだろ。あれって他の国ではあり得ないよ。」「日本人はとっても精密なんだよ。」「みんなが、ちゃんとルールを守るのは素晴らしいよ。」

「う〜ん、、、」。

確かに、日本の鉄道のダイヤは精密であり、運行は厳密です。時速300キロで走り超過密ダイヤの新幹線ですら、分以下の精度で発着します。外国人が感激するのは当然かもしれません。褒めてくれているのだから素直に喜べばいいのに、私はちょっと気に入らないのです。まるで、日本人は機械かロボットみたいで人間性に欠けている、って言われている気がします。やっぱりひねくれている? 「最近では東京の電車や地下鉄は、結構遅れるんだよ」と一応は抵抗してみますが、「それでも外国に比べれば、はるかに精密で厳密!」と、簡単に却下。

オザワさんは確か「普通の国になりたい」と言われました。私も、そう思います。夏に暮らしたカリフォルニアのCalTrainが、懐かしい。電光掲示板に堂々と、「40分遅れています」と出る。なぜ遅れているのかの説明はありません。カリフォルニアからボリビアに行った時、マイアミでの国際線乗り継ぎが30分しかなかったのですごく焦りましたが、余裕で乗れました。
乗り継ぎの飛行機が余裕(?)で遅れたからです。せっかく余裕で乗れたのに荷物は飛行機に乗っておらず、手ぶらで目的地のルレナバケへ行くことになりました。その荷物はルレナバケでは次のフライトにも載っておらず、苛々しました。やっぱり日本人です。 

イスラエルの友人に機械扱いされた日本人の私は、反論します。「ユダヤ人こそ厳密じゃない。未だに大昔の旧作聖書を信じていて、物事を決めているのだから。日本人はもっと優柔不断だよ。」こちらのイスラエルに対する偏見を軽く流して、彼は言います。「いやイスラエルでは原則はあっても例外はたくさんあるんだよ。」

話題は、定年制に進みました。日本で組織に働く人は、決まった年齢に達すると退職しなければなりません。会社では定年を迎えた日すなわち誕生日に、大学や学校では学生に授業をしているので、学年の終了時すなわち誕生日の次の4月1日に退職します。例外はありません。役員とか嘱託とかとしての再雇用という手はありますが、彼らはもはや正社員・正職員ではあり得ません。
アメリカやイギリスでは、年齢を理由に退職させられることはありません。 このようなことをすれば年齢差別として罰せられるからです。それぞれの人によって、体力や気力あるいは生き甲斐は異なり、退職の年齢も個人毎に異なります。 

友人の国、イスラルにも定年制があります。彼の属する研究所では、67歳が定年だそうです。彼にはあと3年残されています。「その後どうするの?」「日本みたいに厳密じゃあないよ。」「実際は、人によっていろいろ選択の道があるんだよ。」。イスラエルでは建前と実際は異なり、人や立場によっていろんな定年延長の方法があるようです。

ユダヤ人と日本人はどちらが保守的なのか、どちらが優柔不断なのか、話題はアルコールの量に比例してヒートアップします。2千年の歴史を超えて、自分の土地を主張するユダヤ人とやはり2千年を超える国家の歴史を持つ日本人は、似て非なるものと言われています。大宅壮一賞を受賞した「ユダヤ人と日本人」というノンフィクションがその昔ベストセラーになったことがありました(その後のこの本はフィクションだという説がでましたが)。私にとっては、日本人の方が優柔不断な気がしますが、確かに鉄道や定年を見ると世界に希な厳密主義者集団と言えるかもしれません。

比較文化論の一般書はいつもよく売れます。森嶋通夫先生(阪大名誉教授で、私の父と旧制浪速高校の尋常科から卒業まで同級生)の「イギリスと日本」も同じ頃に出版された本だったように思います。イギリスは「公平」の国、日本は「平等」の国、と言う違いを学んだ記憶があります。最近では、「羊と貝の中国人」という本を興味深く読みました。中国人の二面性(共産主義者でありながら資本主義者であり、一国二制度を認める人たち)に、日本人の「本音と建て前」「二枚舌」の文化を重ねて読んだものです。

おそらく、日本人は世界の中で最も精密で厳密な人たちであり、かつ最も優柔不断でルールを無視する人種なんだと思います。ほんの小さなミスに目くじらを立てて政治家を失脚させるマスコミが、明らかに憲法違反だと思われる自衛隊は問題視しないのは、私にはとても不思議に見えます。どうでもいい細かなことには大騒ぎをするのに、とても大事なことはずるいのです。

サイエンス誌に載った私の論文が大学の今年の十選に選ばれました。その解説を書くことを求められたので、他の人が書いてくれた解説を提供したところ、その長さが短いと言う理由で、十選から外されそうです。この厳密さは何なんだろう。土曜日にある独法からある審査会議への出席を招待され、帰りは飛行機の乗りますと伝えたら、飛行機は許さない、新幹線しか認めない、との強い指示が来ました。どちらも、この厳密性のため私は招待を辞退することになりそうです。

大事なことはとてもいい加減でありながら、細かいところには自分たちのルールを押しつける、この不思議な社会は、日本人のバランス感覚が崩れつつあることを示しているかもしれません。大事なことにはとても厳密だけど、細かいことはいい加減なユダヤ人社会を少し勉強してみたくなりました。

今月は、たくさんの人たちからお祝いの言葉を戴きました。いろんなサプライズやお祝いの会に、感謝で胸一杯です。10月1日の誕生日から、私はいつでもどの映画館でも子供料金(?)で映画を見ることができるようになりました。ディズニーランドも割引だそうです。そのかわりに、来年の3月で研究所を辞めなければなりません。どちらも、まだ心の整理がつきません。ディズニーランドには行かなくとも、これからもジェットコースターがあれば飛び乗ります。意味のない細かい規則にはつきあいません。そして原理主義者で行きたいと思います。SK

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