2012年3月のメッセージ

司会の科学

今月のメッセージで書いた文章を整理して、「論文・プレゼンの科学」という本を上梓して2年が経ちました。出版社にはすぐにでも続編を書くことを約束したのですが、なかなか時間がとれません。続編は「中級編」にしようと思ったのですが、世の中にはまだまだ「初めて」のことが多いので、初めての司会とか初めてのビジネスメールとか初めてのデータ整理とかについてを書こうかなとも考えています。

私は仕事柄、国内外で数多くの会議で議長をし、多くの講演会で座長をします。他の人の司会振りも頻繁に見ます。そして、日本では司会や取りまとめについて、学校で全く教えられてこなかったことをつくづく感じます。外国では、若い人が見事に会議をまとめるのに対して、日本ではほぼ間違いなく年長者が司会をします。自分より年長の人たちばかりの会合で若い人が会議をまとめたり、有名な人の講演の司会を若い人がしたりすることは、滅多にありません。教えられていないし鍛えられていないから、日本人は概ね会議の司会は下手です。それは当然です。下手な司会の会議は、参加者にとって苦痛です。私は「会議が嫌い」というエッセイを書いてしまったほどです。

阪大の私の研究室では、毎週月曜の朝9時から1時間半、Monday Morning Meeting(通称MMM)という会議を開催します。研究室に属する教員と博士研究者が、研究予算や研究設備、研究プロジェクトなどの研究室運営についてや各自の1週間の予定や学会参加報告などの研究ビジネス、そしてメインの話題としてサイエンスを話し合います。この会議の司会者は年長の教授(私)ではなく、若い研究者達です。理研の研究室でも金曜の朝にFMMを開催してきました。司会はやはり若い研究員です。

MMMに続いて、学生達を交えてPaper Review Seminarというセミナーを開催します。2人または3人の学生がそれぞれ、自分の気に入った論文もしくは気になった論文を皆に紹介をします。このセミナーの司会も若い学生が務めます。

は、若い人たちに年長者の中での会議や講演会の議長や司会をする経験をしてもらっています。発表するよりも司会をする方が苦労している人もおり、発言者任せの司会者もいます。前者は成長し後者は成長しません。 

司会のこつは、参加者全員の表情を見ること、そして参加者全員に自分の表情を見せることに尽きます。

講演会では、講演者の顔やスクリーンを見るのではなく、聴衆を見て下さい。聴衆のそれぞれが退屈しているか感激しているかを知ることは、司会をする上で基本です。ところが、それをサボっている司会者が非常に多いのです。聴衆の中に退屈している人がいれば、講演途中でも講演者にちょっとした質問をしてみるのがいいでしょう。講演者が聴衆の顔を見ずに、原稿やスクリーンを見てひたすら話し続けていたら、講演者も緊張しているかもしれません。「皆さん、このあたりで質問タイム(あるいは休憩)が必要ですか」と聴衆と講演者を見て尋ねてみましょう。あるいは室内の電気の明るさを変えたりカーテンを開けたりエアコンの温度を調節して、講演者のペースを変えるようにしましょう。 

講演の持ち時間を使い切っても講演者がそれに気づかないことがあります。講演終了時間が近づけば、司会者は立ち上がり講演者に声を掛けてあげて下さい。

質問時間を質問者に任せきりの司会者がたまにいます。他に質問したい人がいるかどうか、聴衆全員の顔を見てください。質問したそうな人、手を上げそうな人を事前にキャッチして下さい。講演者の方ばかり見て聴衆を見ない司会者も見かけます。これは司会者失格です。講演者ではなく、聴衆全員を見て下さい。 

司会者は聴衆の側に座っていてはいけません。聴衆の前に立って下さい。司会者は講演者と一緒に舞台のセンターに立って、フロアの聴衆と対話するのです。 

私が世話人をしている会合(平成洪庵の会)では、話題提供者を一番前にして、ロの字に並べたテーブルを参加者が囲みます。参加者人数は平均30人ぐらいですから、ロの字(四角形)の各辺に8人から10人程度が座ります。話題提供者
が話し終わった後、私はロの字の中に入って司会をします。中からぐるっと周りを見ながら、質問する人のところにマイクを持っていきます。このような少人数の勉強会ではマイクは特に大切です。司会者だけがマイクを持つことにより、皆がそれぞれ勝手に質問するのを、司会者がコントロールできるからです。司会者とはMC(Master of Ceremony)すなわち議論の進行役です。

質問は全て受け付けなくても構いません。複数の質問にストーリーができるのが良い司会です。同じ質問の繰り返しも良くないですが、質問やコメントに脈絡がなくひとりずつバラバラなのもあまりよくありません。「お聴きしたいことが二つあります」という質問者にはできれば一つだけにして下さい」と伝えて下さい。繫がらない質問やコメントは、司会者権限で却下することがあっても構いません。「今の質問に関連して議論を続けたいと思います、どなたか質問かコメントがありませんか?」と繋げて下さい。その内容を続ける価値があるかどうかは、司会者の判断であり権限です。

会議の議長も同じです。今話している人の顔を見るのではなく、他の人たちの顔を見て下さい。司会者は、参加者ではありません。MCです。長く話す人がいれば、あなたがその方の発言を止めなければなりません。他の人たちにはその権限がないのです。司会者、議長は全体への気配りが必要です。日本の会議で多く見られるのは、一人のクレーマーと残りのサイレント・マジョリティーとの二極構造です。強く繰り返し発言する一部の人の意見に司会者が引きずられて、マジョリティーの意見が反映されないことが非常に多いのです。他人と同じ意見を繰り返し説明する必要はないので、マジョリティーは必ずしも多く発言しません。クレーマーだけが何度も発言します。この状況を正しく把握するためには、議長はしばしばメンバー全員からの発言を求める必要があります。

日本では、年下の議長が年長のメンバーを当てて発言を求めることは失礼だと考えます。それではクレーマーに会議が支配されてしまいます。このような会議において民主主義が否定されています。アメリカで私が出席する会議では、物事を決めるためには必ず挙手ないしは投票をします。Motion(動議)に対して司会者は「Any objection?」と尋ね、次に「Anybody second?」と尋ねます。そして司会者は「Say Aye」と賛成を求め、賛成者は「Aye」と声を出します。賛成者が多数なら「Motion moved」となります。

日本の会議でもある程度議論が進んだ後は、採決をとるべきです。「反対者はいますか」「支持者はいますか」と両方を尋ね、その後採決をするです。いつまでの議論が続くのは、議長に権限が委ねられていないか、議長がその責任を取っていない場合のいずれかです。とはいえ、投票で物事を決めるのは日本的文化の中ではなかなか受け入れられません。私はできる限り全員に発言を求めて、その分布にしたがって多数の意見を採用します。時間は掛かりますが、これで決まります。議長は、クレーマーに屈してはなりません。

科新塾中之島科新塾お茶ノ水の塾生の皆さん、司会もぜひ頑張って下さい!

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