2012年5月のメッセージ

10周年記念:私の大学院入試

自分のホームページを作って「今月のメッセージ」をはじめて書いたのは2002年5月。ついに10周年を迎えました。おめでとう!パチパチパチ。10年x12ヶ月=120回。一体、何でこんなにたくさん書いてきたのだろう。自分でもよく分からないし、実際に何度か「もう止める」宣言もしています。当時はまだBlogもTwitterもFace Bookもありませんでした。専門書や専門雑誌そして一般向けの原稿も書いて、さらに毎月ホームページからメッセージを書くというのは、一体なんだろう。

このメッセージを書き始めた頃、私はすごく忙しい人に見えていたと思います。阪大に「フロンティア研究機構」を2001年10月に創設し、理化学研究所に「河田ナノフォトニクス研究室」を2002年4月に設置し、2003年2月には「ナノフォトン株式会社」を創業し、さらには2002年4月から阪大の「情報科学研究科」に異動(その後工学研究科に復帰)、同僚の死去に伴い「生命機能研究科」の研究室の兼務も始めました。研究室の学生と話をする時間が少なくなり、学生との距離を感じ始めました。研究室の学生やスタッフと研究の話だけではなく映画や小説の話、私の経験・失敗談、科学者のあり方、将来の就職先など、あれこれと話す時間がなくったのです。研究室の学生達に私が何を考えているかを知ってほしいと思いました。始めてみると反響は研究室の学生以外に広がり、私の話も社会論、国家論、教育論から政治・経済論、そして人生論に及ぶようになりました。

10年前には、電車に乗るにはSuicaやPASMOなどのICカードではなくてオレンジカードやイオカードといった磁気カードが全盛でした。もちろんお財布携帯もありませんでした。iPhoneもiPadもまだ全く生まれていなくて、私はStylusを使ってひたすらPalmにスケジュールやメモを手書きして、Macとシンクロしていました。液晶テレビはまだ発売が始まったばかりで、私が購入した37インチの液晶テレビは値切り倒してもなお65万円しました。六本木ヒルズは開業しておらず、ガラス張りの高層ビル群はまだ都内の景色にはありませんでした。

まさに十年一昔です。

十年一日。変わらないこともあります。このメッセージでも何度も取り上げていることですが、人を見ず点数を見る日本の入試制度は、変わらないどころか酷くなる一方です。日本の大学はセンター入試に選抜を頼り、受験生の顔も見ず受験生の話も聞かず、ただ機械的に合否を決めます。工場における部品の不良品検査と同じです。人格にも熱意にも、過去の体験にもまるで興味がないのです。会社では、希望者の顔を見ることなく話をすることもなく人の採用を決めることは決してありません。マスコミに代表される今の日本の出る杭を打つ文化と、官僚政治に代表される既得権益保護主義と決断先送り無責任主義を生み出す根本は、この日本の入試制度と大学入試センターの存在にあると私は考えています。

私はこの十年、入試制度改革に様々な挑戦をしてきました。そしてようやく、ほんの少しだけだけれど重大な改革に成功しました。

阪大の大学院の応用物理の入試は今年から、専門科目の筆記試験は行いません。英語はTOEFLかTOEICのスコアを提出いただきます(これは他に先駆けて数年前から実施しています。英語圏出身者は不要です)。基準点に達していれば、英語試験はクリアです。筆記試験は2科目、数学と国語(または英語)だけです。より正確には、読み書き算盤です。応用物理の大学院で授業を受けるには、英語に加えて国語(論述する力)と数学の基礎学力だけは必要です。

だから国語(英語選択も可)の試験内容は、論述テスト(Analytical Writing)です。自分で論理を立てて人に説明する能力をチェックします。これができなければ、大学院で研究することができません(たとえ日本の大学入試に成功していても)。大学院では読む論文や本は全て英語ですから、TOEFLまたはTOEICのスコアは必要です。これらに、口頭試問が加わります。専門分野については、内申書の提出が求められそれでもって審査されます。

これらはアメリカやイギリスの大学院入試制度とほぼ同じです。入り口は、内申書に加えて英語、数学、論述力だけが求められて、それ以外は我々が大学院に入学してから鍛えます。試験日を随時にしたいのですが、所属機関の規則によって、今のところ年2回しかできません。また定員も制限されます。規制緩和したいのですが、これらについてはまだ、受験生と教員の希望は認められていません。それでも、大改革です。内部出身者や近い分野の勉強をしてきた学生が有利とは限りません。応用物理以外の学科や阪大以外の学生、日本以外の国からの学生(数学も含めて全て英語でも受験できます)に、門戸を開きます。

こんなことをすると大学の学科間で学生の取り合いが始まるのではないか、と心配する人がいます。しかし、試験の基準があまりに違うので(目指しているものがあまりに違うので)、そうはならないだろうと思います。学生達に選択の自由が広がりますが、保守的な学生はこのような入試をする専攻には興味がないかもしれません。世界に活躍したい学生や、分野を超えて新しい科学を生み出したい学生には、阪大の応物はお勧めです。

阪大の応物は教授・准教授の3割を海外出身の科学者を採用し、2割が女性、内部出身者は3割です。大学院には修士課程はなく博士前期課程と後期課程だけですから、院生にM1、M2ではなくD1からD5です。修士論文発表は前期課程2年で中退(ドロップアウト)したい学生だけに課せられます。1995年に文科省が大学院重点化を進めて、多くの大学が学部と大学院を分離して大学院の博士課程教育の拡充をしました。しかし現実には依然としてほとんどの大学では学部から修士までの6年一貫教育を続けています。阪大応物は十年以上かけて大学院を分離し、外部からの入学生を増やす努力をしてきました。今回の大学院入試試験の改定はその総仕上げとも言えます。

我々のこの試みが吉と出るか凶と出るか、これはひたすら市場原理に任されます。阪大応物以外の冒険心ある受験生がいなければ失敗します。教員一同、固唾を飲んで行く末を見守っています。入試情報は、ここをクリック下さい。

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