2013年2月のメッセージ

情報共有と情報伝達


梅田望夫さんの「ウェブ進化論」が発売されたのは、7年前のことです。私も今月のメッセージに7年前にこの本を紹介しました。梅田さんはこの本で、これまでの会社や組織の経営モデルがIT化社会によって大きく変化するであろうことを指摘されました。その変化は決して仕事の効率化といったテクニカルな話ではなく、組織全体における文化的な変化であり、統治システムの制度的な大転換です。組織経営のパラダイムが変わるのです。10年以上前に私は当時の阪大フロンティア研究機構でeラーニングを始めましたが、大学に入学しなくてもeラーニングを使えば大学の授業を受けることができるようになり、大学の存在意義と大学で学ぶということの文化が変わると主張しました。ITは200年続いた大学教育のパラダイムを転換するかもしれないのです。残念ながら、いまだ日本の大学は新しい文化と価値観の到来を認識できないままのようです。


先月に紹介した「メイドインジャパン:驕りの代償」に出てくる日本型大企業の破綻の実話は、まさにウェブ進化論を理解できなかった経営者達の失敗物語と言ってよいでしょう。大企業のみならず中小企業や大学においても、ウェブ進化論は技術革新ぐらいにしか捉えておらず、それによる文化と統治システムのパラダイム転換を分かっていない組織があります。これらの組織はいずれ「驕りの代償」の例題として使われることになるでしょう。


ウェブ進化論の主題のひとつは、組織内メンバーの情報の共有です。グーグル社が取締役会を社内WIKIでもって社員に共有させて、社員からの意見を吸い上げ、社員に会社経営の参加意識を持たせた話が述べられています。


情報共有の最大の意味は、利益を共有するべき組織のメンバーが互いに必要な情報を、「人を介さず」に直接的に共有できることにあります。この「人を介さず」が、組織における文化大革命なのです。従来の会社では、現場の意見は課長を通して部長に伝えられ、さらに部長を通して社長に伝えられ、さらに社長を通して会長や取締役会に伝えられます。この伝言ゲームの中で、情報は必ず歪みます。自分の都合のいいメッセージだけを意図的にあるいは無意識にそれぞれの人の表現で伝える場合もあるでしょうし、自分が良く理解できていないメッセージは、たとえ重要であっても抜けてしまうか間違って伝えられます。伝言ゲームではなく、発信者自身の「生」の情報をリアルタイムで直接的に共有することが、情報共有の意味です。


組織内抗争や組織内でのトラブルのほとんどは、「人を介して」情報を伝達するときに必然的に起きる誤解から生まれると思います。社内において自分の地位を確立したい人や特定の人を貶めたい人は、意図的に情報伝達ゲームを悪用することさえあります。池井戸潤さんの小説群が面白いのは、まさにこれがテーマだからです。「情報共有」とは、人を介して情報のやり取りをさせないことを指します。


10年ほど前から日本の大学は教授会の回数を減らしてきました。会議時間を減らして効率を良くするためです。その代わりに役員会や専攻長会、教室会議が重要な役割を占めるようになって来ました。役員会で決まったことは専攻長会でもって口頭で伝えられ、専攻長はそれぞれの教室会議で一般教授に伝えます。その結果、それぞれの専攻では異なった説明と異なった理解が生まれます。理解の違いによって互いに不必要に不信感が生まれます。全体の教授会が開かれないので、現場の意見は専攻長を通して伝わります。人を介しての情報は、歪みます。会議の多層化は情報の伝達ゲームを生み出したので、この試みは大失敗です。


会社で社長の秘書が、後継社長になることがあります。社長の具合の悪い情報を一般の取締役に対して隠蔽させてしまうのには、内情を知る秘書を後継社長にするのが安全です[1]これまでどんなに多くの企業が、一部の人だけで情報を隠蔽して粉飾決算をし、最終的に会社の倒産に至ったことでしょう。全ての情報は個人の不利益に繫がらない限り、社内的にはフラットに公開するのが結局は一番安全だと言えます。


これまでの企業では、社員は自分だけの情報をできるだけ他人に見せないことによって、自分の価値を高めて社内における自分の地位を高めたものです。テレビのドキュメンタリー番組やドラマでは、車のディーラーや生命保険の営業所で、それぞれの営業マンや生保レディーの契約件数の棒グラフが描かれている場面がよく出てきます。営業マンが互いに競い合うことによって、営業所あるいは会社全体の売上げに貢献するというのです。それぞれの営業マンが持つ顧客情報は、それぞれが苦労して作り上げた機密情報です。仲間同士といっても決して互いに見せることはありません。日本の会社組織では、社員が互いに切磋琢磨して競い合って会社のために貢献する方法として、このような競争をさせるのが普通だったように思います[2]。


IT化社会では、組織メンバーは互いに情報を共有して協力し合った方が信頼感と一体感が高まります。個々の営業マンがそれぞれが持つ顧客情報を独占するのではなく、共有した方が無駄がなく効率的だと言えます。


しかし、日本人はこれがとても苦手です。こそこそひそひそ、親しい仲間だけで相談しがちです。組織の中にいくつものグループができて、グループのメンバーだけで情報を共有しがちです。不平不満についても、同じです。これは、まさにヤクザ社会です。杯を交わせた兄弟の中では秘密はない、その外は敵と言うわけです。


人は齢を重ねるにつれて、色んな組織に関わリます。私自身も所属する大学と研究所の研究室や教室(学科)、センター、プロジェクトなどの他、学会や各種の委員会、自ら始めた会社や塾などの様々な組織の中で、その一人として生きています。それぞれの組織がうまく機能しているかどうかは、情報共有ができているかどうか、情報伝達の仕組みが多層構造になっていないかどうか、によると思います。そして、今の時代、さまざまなITテクノロジーが多層化でなくフラットな情報共有と情報伝達を可能としてくれています。


グーグル社の成功の秘訣は、ここにあると改めて思います。


[1]最近のオリンパスなどが、その例です。

[2]役人もこのやり方が好きです。日本の大学を互いに競争させて、互いに切磋琢磨することにより国際競争力のある大学ができるという発想です。国内のおける競争あるいは内部抗争をやっている余裕は日本にはないはずです。力を合わせて日本の高等教育と科学技術推進を行って、世界に貢献することを考えるべきだろうと思います。



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