2013年12月のメッセージ


5千万円の行方


懲りることなく学ぶことなく繰り返される日本のメディアのヒステリー症候群には、本当に疲れます。私は正直言って、いまの都知事さんはあまり好きではありません。高速道路の独占的民営化とそれによる高速道路料金の恒久的課金制度を作った人だからです。私有地にある道路(私道)を除いて、国道も県道も市町村道もそして高速道路も、およそ公共の道路は原則的に無料で通行が許されるべきであり、それを特定の民間企業が占有して通行料を取るというのはどう考えてもおかしい。徳川時代か西部劇じゃあるまいし、関所を設けて道を通る旅人から金を取るなど、まさに悪行代官だと思います。しかも通行料の高さが異常です。近距離でも数百円、遠距離を走れば数千円から数万円も徴収するような国は他にはありません。という理由で、道路民営化の委員をされておられた頃の彼の意見と行動に、私は眉をひそめて見ていました。民主党が高速道路無料化をマニフェストに掲げて政権交代が実現した時には、拍手喝采したものです。

とはいえ、今の都知事いじめは実に陰湿です。彼がオリンピック東京招致に尽力し、その最中に奥様を亡くされても公表されず、そしてついに招致に成功して賞賛されたのはわずか2ヶ月前のことです。それが、警察に逮捕されてもいないのに辞職にまで追い込むというのは、視聴率ほしさの話題作りをするマスコミのモラルのなさなのでしょうか、それともその気まぐれで軽薄で情緒的な国民性なのでしょうか。

私はこのような集団リンチが大嫌いです。今月のメッセージでも繰り返し、マスコミによるリンチに遭った被害者を支援するメッセージを書き続けています。

2002年9月には「頑張れ日本ハム!と題して当時マスコミに攻撃された日本ハムと、ついでに(失礼!)辻元清美さん、加藤紘一さん、田中真紀子さん、鈴木宗男さんたちの激励メッセージを書きました。別に彼らが好きなわけではなくむしろその反対でしたが、集団リンチが嫌いなのです。翌03年3月には「江副さん」と題して、有罪判決を受けた江副正浩さんへの支援メッセージを書きました。同年5月には猪瀬さんの本についても紹介しています。

人だけではなく、「もの」に対する弱いもの虐めも嫌いです。一人の子供さんが回転ドア事故で亡くなって回転ドアの使用が全国で停止された04年4月に回転ドアの支援メッセージ書きました。一年に5千人の人の命が自動車事故によって奪われているのに自動車産業を非難することは全くなく、1人の死をもたらした回転扉の会社は徹底攻撃するマスコミに挑みました。06年2月は「67~8km」と題して、身障者用駐車場を改造してマスコミに総攻撃を受けた東横イン社長さんを「あっぱれ」と書きました。同年6月には「被害者はどこに?」と題して、村上世彰さんと堀江貴文さんへの激励メッセージを書きました。堀江さんについても時代の寵児として皆で褒めあげて、そのすぐ後に天下の極悪人のように叩きのめすというという点で、今回の都知事さんのケースと同じ醜さがあります。同年12月にも「異端といじめ」と題して、日本社会のいじめの文化について触れました。

その後もマスコミと民衆による弱いもの虐め、とくにミスを犯した人への徹底糾弾の構図に対する私の批判メッセージが終わらないのは、マスコミによる弱いもの虐めが減るどころか増加しているからだと思います。少し飛ばします。2010年6月には「誰が総理大臣を変えたがるのだろう?」という題名でマスコミによる世論誘導について、同年10月には「そもそも」と題して地検特捜部による世論操作について、2011年2月には「八百長、面白い!」と題して、評論家による犯人仕立て上げについて書いています。12年12月には「真紀子さん」と題して、マスコミによる虐めに遭ってる田中真紀子さんへの支援メッセージを書き、そして今年先月と先々月には「不正行為と芝エビ」そして「論文の9割は再現できないという現実」と題して、ついに間違いや捏造を少しだけ応援してしまいました。

私の今月のメッセージには民主主義の危うさ、多数決による弱いもの虐めや気に食わない人の吊し上げに対する怒りが、多く含まれています。集団リンチを挑発するマスコミの世論操作と検察のマスコミ操作に対して挑んでいます。最近私がはまってしまった堺雅人さんのリーガルハイというテレビドラマは、コメディータッチのエンタテイメント・ドラマでありながら、民衆による虐めに対する脚本家の古沢良太さんの痛烈の批判が見えます。だから痛快なのです。『学問のススメ』、『文明論の概略』を書いた福沢諭吉の情熱とは、まさにこの多数決による暴力をする国民への教育だったのだろうと思います。2008年2月に「壱万円札の人」と題したメッセージを書きましたが、日本の大衆は成長するどころかますます醜くなり、マスコミが繰り返し集団リンチを煽る構図は悪化しているように思います。

もともと都知事が5千万円のキャッシュを借りていたことが分かったのは、彼がそれを貸し主(衆議院議員の父)に返却したからでした。貸主の家族の選挙違反疑惑が発覚する以前に借りていたとはいえ、疑いがあるなら全額返却しておいた方がいいだろうという判断が徒になりました。選挙違反に絡んで警察が衆議院議員の姉の家に入りそこで手つかずの現金5千万円が見つかり、このお金はどこから来たのかということになったのです。すなわち彼は5千万円を返したから、借り入れが発覚したのです。善し悪しは別にして、5千万円を返さなければ仮入れは発見されておらず、彼は今も知事を務めていたかもしれません。賄賂性を主張される評論家がおられますが、賄賂が生まれうる可能性があっただけに過ぎません。可能性だけで人を罪に問うことはできません。あいつを殺したいと思った、それだけでは死刑にはならないのです。東電病院の売却も結局は徳州会は辞退したのです。

この騒動による都政の停滞とこれからの知事の再選挙と都政の不連続は、都民にどれぐらいの被害を与えることでしょうか。知事選の再選挙の経費とテレビ放送の送受信の電気代は、一体いくらでしょう。5千万円よりはるかにはるかに大きな額を都民は失ったのです。これを目論んだ都議はこの損失に対してどんな責任をとるのでしょうか?私は東京都民ではないので余計なことを言う必要はないのですが、古御門研介が言うとおり『民衆は愚かだ』ということなのでしょうか。

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