2014年7月のメッセージ

「タブー」と「KY」:続編


前号からの続きです。


会議では他にもいろんなタブーにチャレンジしました。


今後の日本が集中すべき科学技術は「環境、エネルギー、医療、健康」だというのは、あまりに発想が貧困です。これらのことが大切なのはいつの時代でも当たり前のことです。これが重点テーマだというのは、実に安易です。これから10年、20年に集中するべき科学技術テーマは、最近10年20年の間に生み出された新しい概念や新しい技術から学ぶべきだと思います。もっともっと勉強するべきです。上記の4つのテーマではなく、たとえば「ナノサイエンス・ナノテクノロジー」、「フォトニクス・レーザー」、「コンピューター・ネットワーク」などでしょう。


「医工連携」は、工学に進歩を生み出せない人が医学応用に頼ろうという安易な発想です。隣の芝は青く見えるかもしれませんが、安易な動機で医学に貢献などできません。工学でブレークスルーを見いだすことをあきらめてはいけません。医学系からの工学系への期待も同じです。


「産学連携」は産業界の大学頼りという他力本願の発想です。自立心に欠けており、その成功例は実は少ないと思います。国は「産官学」を先導しますが、企業は本当に大学に頼っているでしょうか?産業界は「産官学」につぎ込まれる国家予算に期待をしていますが、大学の研究そのものに期待をしてくれているのか疑問です。もし連携をするならば目的の共有、情報の共有が必要です。そのためには両者に相当の覚悟が必要です。むしろそれぞれが自己責任で開発したほうが効率的かもしれません。アップルもグーグルもヒューレットパッカードもIBMもソニーもトヨタも、産学連携で成功したのではありません。異なる立場の人たちが出会う場を創り、互いの壁を壊してともに議論することは新しい科学や産業を生み出すのに重要ですが、隣の芝は青いと思うのは甘いと思います。


「競争原理」が大流行ですが、科学とは競争によって進歩するのではないと思います。それは他人の動向などまるで気にしないひとりの人の頭の中から生まれてくるものだと思います。アインシュタインもニュートンも競争で科学を生み出したのではないと思います。むしろ、孤独な闘いだったでのではないでしょうか。とくに日本の大学を互いに競わせようとするのは、品格に欠ける愚かな政策です。国内組織が互いのつぶし合い競争に疲弊して国際競争に敗れた例は、ガラパコス携帯を始め枚挙にいとまがありません。もし国家(文科省とか内閣府)が競争というならば、世界との競争をいうべきでしょう(それも科学の世界ではくだらないことですが)。


「人材育成」という言葉も流行っています。しかし、私は人は育成されるものではないと考えます。育成をするのは「稲」とか「牛」です。「ヒト」は自分で学び、育ちます。国にやれることがあるとしたら、それを辛抱強く待つことだけです。若者が自ら育つことを年長者が辛抱強く待つ、という環境を作ることです。工業製品や農産物のように規格どおりの「ヒト」を生産し品質管理をするのではなく、それぞれが個性あふれた多様性のある「ひと」に育つ環境を整えることであろうと思います。「ひと」をまるで材料のように呼ぶ「人材」という言葉は私は好きになれません。まるで豚や野菜のように扱う「育成」という言葉も好きになれません。今年の正月のメッセージで書いたスマイルズの言葉をもう一度、採録します。


他の誰かに手をさしのべることは、たとえそれがどんなに良いことであったとしても、本人の自己解決への気概を奪ってしまう」


「社会制度にできることがあるとすれば、人々を放っておくことぐらいであろう」


さて、私の講演は失敗したように思います。会議はタブーに挑戦する状況にはなかったようです。この問題を深く掘り下げる議論や批判は出ず、コメントはモデレートなものでした。

タイトルのもう一つのキーワードの「KY」は若者言葉です。空気読まない、の略です。私は「KY」が今の日本の最大の問題だと思っています。

前回の参議院選挙の前に、私は「参議院選挙を語ろう!」という討論会を企画しました。参議院と衆議院はどう違うのか、を皆と議論しようと思いましたが、しかし、この企画も見事に失敗しました。1000人以上の学生さんたちが集まるかと思いきや、たった25人でした(私の主宰する科新塾の皆さんだけ)。前回過半数を得た民主党の票が、そのまま維新の会という実績のない政党に移り、その結果自民党が圧勝しました。

なぜ、学生たちはこのイベントに集まり参議院選挙について語らなかったのか。そんなことをすると周りが引いてしまうのです。「誰に投票する?」{民主党はもうだめ?」「維新の会って怪しくない?」「自民党って若者の敵?」、、、。政治と選挙の話は若者の中ではタブーだと知りました。「KY」とは、タブーに近づかないという文化です。シリアスな話題をみんなの前でしないという自己規制文化です。

そして本当の問題は、これが若者文化ではなくて日本文化であることです。高齢者も若者もみな「KY」です。「タブー」に挑戦することは「KY」です。辛い話、嫌な話を避け続ける限り、日本は弱体化し続けるのではないかと心配します。

追記:2ヶ月に亘る駄文を最後までお読みいただいた方々に。私はこのメッセージで軍事研究をしようと言っているのではありません。医工連携とか産学連携を否定しているのでもありません。議論すらできない雰囲気を自らつくるいまの日本文化を批判しているのです。大政翼賛会的な今の日本文化を心配しているというメッセージです。「タブー」「KY」文化が社会を支配する国は、脆弱です。多様化した社会を持つ国になるためには、この二つの言葉のない国にならなければならないと思います。

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