2015年11月のメッセージ

大学教授が起業して、そして儲ける


先日、このようなタイトルで講演しました。3年前に同じタイトルで学生企画のTEDのイベントではじめてお話しました。その後も同じタイトルで何度か講演しました。ところが今回は、このタイトルを変えるように講演依頼先から要請がありました。講演はして欲しいがタイトルは変えて欲しい、とのことです。理由を尋ねたところ、大学教授が「起業する」のはよいけれど、「儲ける」という言葉は困る、と言うのです。


儲けてはいけない!? 


儲けない会社ってどんな会社?


この発想に今の日本社会の行き詰まりの本質があります。「なぜ日本は行き詰まったか」(岩波書店、2004)は森嶋通夫先生のおそらく遺作(原著は英語版、2000)だと思いますが、森嶋先生が亡くなられた後に日本の行き詰まりはさらに深刻化しているように思います。


起業すなわち会社を興すことは実に簡単です。近くの法務局に行って形式に沿った書類を提出すればいいのです。以前は1千万円の資金が必要でしたが、今はそれ も必要ありません。だから起業について私がとくにお話することはありません。大事なことは、その会社が利益を得て「儲ける」ことです。こちらは簡単ではありません。


2002年10月に国立大学教授の兼業兼職規制が緩和され、国は1千社の大学発ベンチャーを起 業させようとしました。実際には1500社が瞬く間に生まれたと聞きます。しかしその後、そのほとんどは「儲ける」ことができず、倒産したか休眠会社に なったようです。「儲ける」ということを真剣に考えなかった結果です。いまの日本人は大学入試や就職などの入口には熱中しますが、その後に大学で学ぶこと や会社のために働くことなどの本当の活動を考えることを疎かにしています。だから大学発ベンチャー千社計画も、休眠会社と倒産の量産を生み出したのでしょ う。


私がはじめた会社はとても小さな会社ですが、それが顧客が求めるものを提供することによって儲けて、その結果、国や地方自治体に納税をして社会と国に貢献しています。人を雇うことによって社会に雇用を生みだし、彼らと家族に毎月給料と社会保障費を支払い続けます。


「儲ける」ということは、起業と違ってとても大変なことなんです。


「儲ける」は「設ける」と同義です。広辞苑をご覧なさい。儲けることの大切さを示唆する例が多く示されています。一男二女を儲ける。そう、子供も儲けるのですよ。


日本にはお金を得ることを下品と考える風潮があります。毎年、新聞に高額納税者が載ります。この人達は多額の税金を国に払った人たちで、この人達の支払ってくれた税金が国の社会福祉や道路建築(無駄なものが多いですが)に使われます。高額の所得税や高額の相続税を支払われる人たちや高額の法人税を払う企業に対 して、その恩恵に浴する人たちには、感謝の思いが欠落しているように思えます。感謝どころか妬みと批判があるような気がします。


私がはじめた会社は創業12年、毎年毎月毎週毎日大変な努力をして製品を開発し製造し営業し、そして製品を納品して収入を得ます。その結果として社員に給料を払い納税をします。通年では黒字でも、途中で何ヶ月か売上がないと資金がショートして倒産します。こんな危機に対して会社の経営者は銀行に頭を下げて借 金をお願いして、生き残りを図ります。


これが、「儲ける」ということの意味です。「儲けること」は、血のにじむ努力と美しい汗です。


「儲ける」ことをまるで汚いことのような目でもって見てタイトルの訂正を求める、偏見ですね。


日本には「儲けない」会社があります。財団法人、社団法人、学校法人、宗教法人などと呼ばれます。税金を払わなくてもいい会社です。これらは、社会に必要な事業をしているという理由で税金を払わなくてもいいことになっています。それでもこれらの公益法人もお金の出入りがあり、赤字になれば倒産します。ですから、株式会社と同様にこれらの法人も黒字経営が基本です。しかし、儲かっても納税しません。そこで、それを国に認めてもらえることを期待して担当する省庁 から天下り役人を引き受けます。便宜を図ってくれことを期待してです。その人数、無数です。このことが公益法人の経費負担となり、業界と役所の癒着による 不正に繋がります。局長や事務次官を経験された高級官僚は複数の団体を渡り歩いて高給と高額の退職金を得ます。2003ー4年に公務員の総定員削減のために国立大学や国立研究所をいわゆる独立行政法人化して以来、この天下り人数は肥大化しています。


公益法人制度は、本来は善意の人たちによる社会事業活動(たとえば盲導犬協会や介助犬協会などは大変な苦労をされています)なんですが、悪用が目に余りま す。悪用を止められないなら、むしろすべて普通の株式会社に転換してもらい法人税を払宇ことを義務づけて、その代わりイギリスやEU並に法人税を下げるとよいと思います。


日本ではボランティアや草の根運動が活発です。無償で働く活動は立派である、儲けないのは美しいという発想です。それらはNPO法人として活動します。無償の活動はしばしば「上から目線」で押しつけがましくなりがちです。無償だからという言い訳がなり立ちます。そこで仲間の間でトラブルが起きがちです。労働 に対して正当な報酬を得るという社会の常識をNPO活動にも取り入れれば、その内容はより厳しくかつ優れたものになると思います。公益法人で働く人たち は、自分たちの給料がどこから出ているのかをしっかり受け止めることが必要です。講演者に無償で講演してもらい、会場を無償で借りて、参加者から会費を取 らずに講演会を開いたとしたら、たくさんの人が来てくれたとしても喜べることではないでしょう。講演者に正当な講演料を払い、適正な会場費を払い、参加者 から然るべき会費を取ってもたくさんの人が来てくれる会が、本当に価値のある内容を持った会だろうと思います。そして、それはとても難しいことです。


「儲ける」ことは簡単ではないのです。


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