2016年2月のメッセージ

教授が学生に負ける学問

「論文・プレゼンの科学」増補改訂版・発刊記念


「ナノテクノロジーは教授が学生に負ける学問である」という先生のメッセージに刺激を受けました。


というメールが、たくさん届きました。年度の終わりに教養課程の学部生250人に行った講義に対しての、学生たちからのメールでのレスポンスです。この講義は専門課程に分かれる前に行われます。応用物理と応用化学と応用生物工学のどの専門に進むべきかをなやむ教養課程の学生に、1年間かけて開かれる先端科学序論という週1回のオムニバス形式の講義が開かれ、その最後に私も講義を行います。学生たちは中学から高校にかけて、物理学や化学や生物学などの確立された学問をたくさん学んできて、学ぶことに疲れています。古い学問は体系が確立されていて美しいのですが、整理整頓されすぎていてやんちゃさが足りません。大人の学問といえます。学ぶべきことが多くて、一年上の先輩に追いつくだけでも大変です。先生の知識に追いつくには、それこそ何年もかかります。学ぶばかりじゃあ楽しくない?


一方、歴史の浅い若い学問だとすぐに先生に追いつけて、そして追い越せそうです。ナノテクノロジーという学問は、私が学生の時には存在していませんでした。そのキーテクノロジーである原子間力顕微鏡や走査トンネル顕微鏡もまだ発明されていませんでしたし、カーボンナノチューブやグラフェンも発見されていませんでした。フェムト秒レーザーも半導体レーザーも、まだ登場前です。もちろんパソコンもスーパーコンピュータもないし、CCDカメラもありませんでした。


科学技術の歴史なんて、そんなに長くはありません。科学は年々に進歩していくのではなく、時々に天才が出てきてそれまでの常識を一気に覆し、教科書を書き換えます。そのタイミングに生まれた科学や技術、理論の研究を選べば、学生と教授は同じスタートラインに立って競争することができます。若者だって年長者に勝つことができます。概して、年長者は過去の常識にとらわれて新しい事実や理論を受け入れることに苦労します。若者は自由です。ノーベル賞受賞の研究業績は、若いときの仕事が多いと言われます。しかしたとえ若者でも、周りの空気ばかりを読んでいる人には奇想天外なアイデアにはついて行けないかもしれません。科学者になることの条件は、「空気を読まない」ことです。


という訳で、学生達にはナノテクノロジーとかフォトンテクノロジーを選ぶことを進めます。新しい科学では古い道具や常識は使えないので、年長者の貯めてきた財産、紙幣は役には立ちません。


学問が若いと、先生から教えられる内容もまだ多くありません。教えるには未だ分かっていないことが多すぎるのです。先生から学ぶことが少ないなら、学生はどうすればいいのでしょうか?新しい科学を創るのです。科学の醍醐味は学ぶことではなくて創ることです。新しい理論、新しい実験方法、新しい原理、新しい材料、そして新しい装置を創ればいいのです。学ぶということは、過去に誰かがそうやって創ったものです。


しかし、科学を創ることは簡単ではありません。科学の創り方を教えてくれる人はいません。既存の装置の使い方を教えてくれる先生や先輩は大勢いても、新しい装置の創りを教えてくれる人はいません。数学問題の解き方を教えてくれる人はいても、新しい問題の創りを教えてくれる人はいません。でも、科学者の存在意義は,新しい概念、新しい理論、新しい解釈、新しい装置、新しい材料を創ることです。


6年前に上梓した「論文・プレゼンの科学」という本を大改訂して、今月に新たに増補・改訂版として発刊しました。そこに「アイデアの科学」という章を加えました。発想法を鍛えて人と異なるアイデアを生み出すことは、科学者だけではなく商品企画やサービス企画をするビジネスマンや、会社経営者や起業家、アーティスト、社会事業家にも必要なことだと思います。ぜひともネットや書店でご購入いただきたいところですが、立ち読みでもいいです。読んでいただいて、意見や批判をいただければ大変幸いです。



「今年に小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」


デューク大学の研究者であるキャシー・デビッドソン氏が4年前にニューヨークタイムズ紙のインタビューで語った言葉です。あなたがその新しい職業、新しいビジネス、新しい生き方を生み出して欲しいと思います。そのためには、アイデアを創造する力を鍛えてください。そこにもまた「科学」があるのです。


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