2016年5月のメッセージ

競争とゆとり


今の若者は冒険心がないと、年長者が批判します。確かにいずれの統計データも、日本の若者には大きな夢がなく、海外に行かず冒険をしないことを示しています。若者は激しい競争を好まず、周りの空気を気にします。「ゆとり教育」の失敗だと言われ、自分たちも納得しています。しかし、高度成長時代を経験していない世代がむやみに力まないのは当然だと思います。同い年の人口が40年で半減したのですから、ライバルの数もかつての半分です。一方、大学の数や入学定員、会社の数や採用人数は減っていないのですから、今の若者は昔のように競争しなくてもよくなったのです。いいことじゃないですか。「ゆとり世代」は文科省のゆとり教育政策の犠牲者ではなく、ライバルの人数が減ったことによる豊かな世代なんです。


とはいえ、文科省の「ゆとり教育」は「ゆとり」を理解できない人達たちが作ったゆとりのない政策でした。たとえば全員に一律に円周率πは3だと教えました。全ての人にですよ。実にゆとりのない発想です。π=3で満足な人とπが3.141592であることを知りたい人がいて、互いに違ってもいいんだよと言えることこそが「ゆとり」ある人の教育政策です。全員にπ=3だと教えてそれで試験で戦わせるのは、ゆとりがない。このプログラムを作って運用する文部官僚たちにこそゆとりがなかったのです。


私は、他人と競争することに興味がありません。他人を蹴落として勝ち抜くということには喜びも充実感もなく、まったく楽しくありません。子供の頃から競争が苦手で、他人と同じことをすることができませんでした。集団行動も苦手でした。集団の中に競争があったからだと思います。スポーツでも、集団でやる球技は興味がありませんでした。受験とか就職活動も一生懸命になれませんでした。少しでも有名な大学に入りたいとか少しでも有名な会社に入りたいという気持ちに、欠けていました。私自身は人並みに根性があるし、それなりに努力家だとは思います。しかしそれは他人に勝ちたいからではなく、自分自身のやりたいことを諦めたくないという気持ちからで、自分に負けるのが嫌だったのだと思います。途中で諦めたりサボったりすることは虚しくて悲しくて自分に嫌になり、もっと自分を高めて充実したいと思いました。このような集団行動が苦手で競争が嫌いであることは、私の短所だと思ってきました。


最近、日本の大学を卒業したあと、アメリカの一流大学の大学院に挑み、見事合格し勉学にいそしみ、その後年限を短縮して博士号を取得し、そしてアメリカで起業したという若い人と知り合いになりました。とても魅力的な若者です。起業した会社は投資家との関係でうまくいかなくて清算し、目下キャリアチェンジ、失業中で専業主夫をされています。その彼に大学院で学生たちに話をしていただきました。講演の後、科新塾や研究室の学生たちとの飲み会して大いに盛り上がりました。


学生たちの質問は、「アメリカに行った動機は何ですか?」「元々英語ができたのですか?」「大学院を終えていきなりどうして起業できたのですか?」「科学者指向から起業家へどうやって道を切り替えられたのですか?」等々、皆興味津々です。彼は少し考えて「高校の時からスポーツが好きだったので、競争心が強くてだから頑張れたのかなあ」、そんな感じの答えだったと思います。学生たちの感想は、「僕たちゆとり世代には、そんな競争心はないです」です。


でも、彼は他人と競争などしていません。むしろ競争相手のいない世界で挑戦したのです。当時の彼の競争相手である他の大学生は、誰もアメリカの大学院を目指してはいなかったと思います。孤独な挑戦だったと思います。その後の勝負も、他人との比較で選んだのではないと思います。他人を意識せず我が道を進まれたのには、他人との競争に追われない「こころの余裕」、「ゆとり」が彼にあったからだろうと思います。


ゆとり世代と呼ばれる人たちは、「君らは競争を好まない」と年長者に言われ続けてきたことでしょう。だけどゆとり世代の学生たちも、実はとてもよく頑張ります。ただ、他人を蹴落とすための競争をしないのです。そして、それは素敵なことだと思います。


集団行動が苦手で他人との競争に興味の無い私は、科学者に向いていたように思います。科学者にとって他人との競争心はまったく無用であり、むしろ障害です。科学を創るということは、孤独な作業なんです。他人を意識して、他人と競って新しい科学が生まれることはありません。他の人がやるならその人に任せればいい。他の誰もが気がついていないから、他の誰もが無理だと思っているから、研究するのです。ライバルなどいないのです。ニュートンもアインシュタインも他人との競争で万有引力の法則や微分方程式を考えたり、相対性理論や光量子説を創り上げたのではないと思います。そこには競争のない、しかしゆとりある世界があったはずです。科学と教育に一番大切なのは「ゆとり」、一番有害なのは「競争」です。


我が国の科学と教育に責任のある国の会議と役所は、科学研究や教育プログラムを「競争的資金」と呼びます。毎年毎年新しい「競争的資金」プログラムが作られて、5カ年計画を求めます。これは、日本の科学と教育を疲弊させ破綻させると思います。科学や教育にはぎらぎらした競争ではなく、ゆとりが大切なんです。会議の皆さん、役所の皆さんがまず、心に余裕を持たれることが必要だと思います。


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